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夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』6

「美味しい……」  一口飲んだらとても澄んだ味わいだった。  端麗で、まさに翠さんのような酒だ。  俺が飲み終えるのを、翠さんは目を細めて見つめてくれていた。その眼差しが暖かくて、透き通るような酒の味わいを一層引き立てていた。 「洋くん、どう?気に入った?」 「ええ……すごく」 「そう、よかった。京都に行ったときに道昭に教えてもらってね。あれから気に入って、流に頼んで取り寄せてもらっているんだ」 「そうだったのですね。京都の日本酒は俺の口にも合うみたいです」  そんな会話をしていると、隣の丈が睨んでくるのが気になった。 「なんだよ。その目つき……」 「洋、飲みすぎるなよ。まだやることがあるだろ?」 「え……あっ……うん……」  丈の奴、忘れてないな。  俺に浴衣を着せて……それから脱がしたいんだな……きっと。  でも……今日は昼間頑張ったもんな。    サイズの争いに負けてしょげているのも知っている。  だから俺も今日は丈を沢山励ましたいよ。  しばらく飲んでいると、流さんが浴衣を何枚か抱えて部屋に戻って来た。 「お待たせ。洋くんどれにする?」  目の前に広げられた浴衣は、流さんが綺麗に洗って保管してくれていたのだろう。綺麗にアイロンがかけられて、まるで呉服屋の商品のようだ。  古いもののはずなのに。今も生きている。 「迷いますね。どれにしよう……」 「これにしないか」  隣から丈が、そのうちの一枚を指さした。  白地に紺色や水色の流水が描かれているような、優美な柄。 「うん、いいね」 「じゃあ俺が着付けてあげよう」 「いや流兄さん、私がやります」 「へぇ~お前に着付けなんて出来るのか。安心しろ。洋くんの躰に触れたりしないからさ。しかしお前は案外焼きもち焼くんだな」 「なっ!兄さんこそさっきは上半身裸で……まったく」 「お前がそれ言う?」  そんな言い合いが続くと、翠さんが間に入って窘める。  これがいつものパターンだ。 「やれやれ……また始まった。さぁ早く着つけてもらって、丈と帰った方がいい。丈は君のことを待ちわびているよ」  うわ、翠さんの口からそんな風に言われると恥ずかしいやら、忍びないやらで焦ってしまう。俺たちの方がよっぽどお邪魔だったんじゃないか。 「よし、洋くんこっちに。早く着つけてやるからな」 「あっはい!」  和室か……そこ俺が入っても問題ない? ****  その予感は的中した。  浴衣を着つけると言って通された和室には、一組の布団が意味ありげに敷かれていた。  しかも掛布団は横に弾き飛ばされ、シーツの皺が波のように広がっていた。  きっと俺たちがこの家を訪ねる直前まで、ここで……翠さんと流さんが……  このふたりが……うわっ  また俺。リアルに想像してしまう。 「どうした?」 「あっいえ……なんでも……」  頬が染まるのを感じたので、慌てて顔を背けて見なかったふりをしてしまった。  そんな様子を流さんが見つめていた。 「洋くんはさ……もう全部知っているんだよな。俺と翠のことさ」 「……はい」  改まって聞かれると照れ臭い。 「恥ずかしいもんだな。改まって聞くと。プールで裸になるより恥ずかしいもんだな」  いつになく照れくさそうな流さんの様子。  それでいて幸せそうな様子に心温まる。 「ほら、出来たぞ。鏡を見てみろ」  あっという間に浴衣を綺麗に着付けてもらい、鏡に映る自分の姿にはっとした。  そこに夕凪が立っているような錯覚を覚えたから。 「夕凪……」 そう呼びかければ、夕凪の声が、彼方から聞こえるような気がした。 …… あぁ……やっと…… 本当に良かった。 ふたりが幸せになってくれて良かった。 ……  そうだ……遠い昔の悲劇は繰り返さなかったよ。  それは俺と丈にも言えること。  未来は自分たちの手でつくるもの。  それを実践していく毎日なんだ。 「夕凪の浴衣が喜んでいるな。こんなにいい仕立ての浴衣を何枚も……彼はこの寺で愛されて過ごしたことが分かるよ」  流さんに背中を押され明るい部屋に戻ると、感嘆の声が丈と翠さんからあがった。 「すごい、身丈も裄丈もぴったりだよ」 「洋、よく似合っているよ」  そんな風に手放しで褒められると、恥ずかしい。  浴衣をこんな風にきちんと着付けてもらうのは久しぶりだ。  脱ぐのがもったいないな。  そういえば、浴衣を持ち帰った洋月、君はあの浴衣をまた着たのか?  平安の世でも……  彼にも着せたあげたのか。  なんだか……募る想いは四方八方へ広がるよ。  今俺が幸せだと思えている証拠だ。 「さぁもういいだろう?とっとと帰れ」 「流兄さんひどいですね。その言い方」 「だってそうだろう?確信犯め!」 「ははっバレていましたか」 「お前がこんな性格だとはな」 「私は本来こんな人間ですよ。さぁ洋帰ろう。お邪魔だよ。私たちはすごく」 「丈っ!だから言ったのに……」 「やれやれ……流も丈もいい加減にしないか。僕はもう眠るよ。明日はお盆で朝から檀家さんの家を回るのだから」 「あっ待てよ。翠、それはないだろう」  翠さんがひらりと俺たちの間をすり抜けて、和室と消えていく。  流さんはすぐに追いかけたそうにしたが、俺たちに気が付いて、慌てて、俺たちを玄関へと追いやった。  恋人たちの夜は、これからだ。
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