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愛しい人 11
「お前っそれ早く言えよ! どこにいるんだよ? 」
「居間にいますよ。さっき声をかけたのに、兄さん……全然起きなかったじゃないですか」
おいおいマジか、全然聞こえなかったぞ。
「まさか今までの仕返しじゃないだろうな」
「人聞きの悪いことを。そんな事より早く行ったらどうです?」
「お、おうっ!」
俺は丈を押しのけて、バタバタと廊下を走った。
翠……っ、翠に早く会いたくて!
この目で見て安心したい。まだ俺の翠のままか……ちゃんと俺の翠か。
これを独占欲というのか。
****
「薙くん、薙くん……起きて」
「なんだよ? 眠いのに」
「着いたって……君のお母さん」
自分の部屋でウトウトしていたら、洋さんに起こされた。時計を見たら、もう深夜0時近くだった。
そうだった。今日の夜、母さんが一時帰国だったよな。
はぁ久しぶりの母親との対面か。しかしもう何時だと思ってるんだよ。飛行機はとっくに着いていたんじゃないのか。まったく父さんと何してんだか。
「薙くんのお母さんってお若いね」
「そう? 洋さんのお母さんだって若いだろ」
「……うん、そうかもね……俺の記憶の中では、ずっと若いままだな」
あれ? そういえば洋さんのお母さんって、今まで一度も話題に上らなかったな。もしかしてこの話し方だと亡くなっているのか。だとしたら悪いこと聞いたと思い、慌てて話題を変えた。
「あっ悪ぃ。あーじゃあさ、お父さんはカッコいいんだろうな。洋さんみたいな綺麗な息子がいたら、どんな気分だろーな」
特に考えなしに言った言葉に、洋さんの足がぴたりと止まってしまった。横顔を伺うと少し青ざめているような気がして……またなんか悪いこと言ったのかと心配になった。
「洋さん? どうしたの」
「あ……うん、なんでもない。ほら待っているよ。行こう」
居間の団欒の明かりが近づいてくる。
その話はそこまでだった。今度また聞いてみようか、いや二度と聞かない方がいいのか。判断できなかった。
「薙‼ 」
ドアをあけると母親が珍しくオレをハグしてきたので、驚いた。
外国かぶれか。母親の胸元はどこか懐かしくもあり恥ずかしくなった。
「なっなんだよ! 離れろよ! 」
「薙、いい子にしていた?」
「子供扱いすんなよ。いい子とかって」
「相変わらずね。でもよかった。安心した」
「なにが?」
「あなた意外と馴染んでいるのね、ここに」
気がつけば夏の終わりにここに来て、四か月も経っていた。
「オレが?」
「うん、ここに来てから一度も熱を出していないって聞いて」
「まぁね」
言われて初めて気が付いた。そういえば、そうだ。
オレは割と熱を出しやすくて、慣れない環境だとすぐダウンしてしまう。以前はこの月影寺に夏の数日預けられるのも苦痛だったのに、何故だろう。
その時父さんと目が合った。優しく穏やかに頷いてくれた。
「うん、薙は丈夫になったよ。どんどん大きくなっていくよ」
何故だか今日は、父さんが嫌じゃなかった。
何故だか父さんが、父さんらしい顔をしていると思った。
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