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明日があるから 3
僕が助手席に座ってから流はずっと無言で、運転がいつもより乱暴なのが不思議だった。
「流、お前の運転……ちょっと危ないよ」
「翠、黙ってろ……集中してる」
「集中って……何に?」
その時になって運転する流のズボンの股間が高まっているのに気がついて、僕の頬はみるみる赤く染まってしまった。
お、おいっ……一体どうしてそんな状態に?
さっきまで、そんな気配、微塵もなかったのに。
訝し気に流のことを見つめると流は開き直ったのか、快活に豪快に笑った。
「はははっバレたか」
「お前のそれ……さっきと違う」
「やっと翠とふたりきりになれたからな。薙や彩乃さんには悪いが……」
「でも……我慢できるようになったと、昨日言ってたじゃないか」
「昨日はだよ。昨日は我慢しただけで、今は制御不能って奴だ! ははっ」
「……まったく流は」
「翠……まだ時間あるか」
「留守番を丈と洋くんに頼んだが、昼には戻ると約束しているから……そんなには」
「速攻帰ろう」
「どこへ? 」
「茶室へ」
「ん……あっ……」
そんなわけで僕は再び茶室に連れ込まれ、流から執拗なほどの愛撫を受けている。
木漏れ日の落ちる竹林を組み敷かれた視界から見上げると、流石に羞恥心が溢れてしまう。真昼間からこんなことをして……僕たちは節操がないよな。
手早く脱がされた洋服はあちこちに放り投げられ、敷きっぱなしだった布団の上で躰を開かれていく。
「流……待って、待てって! 少し落ち着け」
「我慢の限界だ」
「だって……昨日……お前あれから出したんじゃ」
「それ言うな。翠を帰した後の、俺の苦しみを思い出させるなよ」
「あっ……んっ……」
すっかり弱くなった乳首をぱくっと食べられ、チロチロと舌先で嬲られる。それ……溜まらない、もう流でしか感じない躰になってしまったんだよ。本当に……僕は……
昨夜彩乃さんに触れられた時、何の反応もしなかった自分に驚いた。なのに今は、流に触れられるだけで、ぐずぐずに蕩けていく自分に驚いている。
「流……欲しい」
昨日の続きを欲しがっているのは、僕の方かもしれない。彩乃さんや薙の前で、父親としての意識を強く持っていた僕はもういない。
僕も流に……抱いてもらいたいと気持ちばかり溢れ出てくる。
僕のほうから流の後頭部に手をまわし唇を重ねると、流は少し驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに笑った。
流の笑顔を間近で見ることが出来、ずっと欲しかった求めていたものが何だったのか……それがわかる。
僕はずっと……ずっと流を求めていた。
流という大きな磁石が、僕を呼ぶ。
頭の中で考えていたことが、流にも伝わったようだ。
「翠の蕩けるような顔をもっと見せてくれ。幸せそうな顔を間近で見たい」
お互いに全裸で、くるくると布団の上を上下入れ替わりながら、口づけしあった。
****
「凄い! 丈の袈裟姿なんて、初めて見た!」
洋が嬉しそうに、私のまわりをぐるぐる回ってはニコニコしている。それというのも、今日は翠兄さんと流兄さんが彩乃さんを駅まで送りにいくので、少しの時間だけ、この格好をしてくれと頼まれた。特に法要や檀家さんが来る予定もないのだが、一応頼むと流兄さんに頭を下げられたので断れなかった。
「偽物の坊主だがな」
「うーん、だけど……白衣よりサマになっているかもよ、なんて!」
洋の艶やかな声が下半身に響いたので、その細い腰を引き寄せ、抱きしめ耳元で囁いてやる。
「本当に白衣よりこっちがいいのか」
「丈……ち、近い! う……やっぱり……白衣がいいかも」
「そうだろう」
袈裟姿に少し憧れがあったので着てみたが、やっぱり私には白衣が落ち着くようだ。この姿は翠兄さんと流兄さんの特権だな。
「でも……」
「でも、なんだ? 」
「いつもと違う丈に、ドキッとしたよ。仮装みたいだな」
歳を重ねるのを忘れたかのような……洋の花のような美しい笑顔。
「仮装か……なるほど。そういえば、洋の看護師姿も良かったぞ」
「え! 」
「忘れたのか、会社のパーティーでの仮装で……」
「わーーそれ以上、言うな、思い出させるな!」
美しい洋だが、後にも先にも私に女装姿を見せてくれたのは、製薬会社に勤めていた時のハロウィンパーティーでの仮装のナース姿のみか。なんだか惜しい気がしてきた。今年のハロウィンにまたして欲しくなってきた。看護師の制服は、どこで手に入るんだろうか。
「丈、お前、今……絶対に変なこと考えただろう! 」
「いや……別に」
「嘘だ。絶対よからぬこと考えた! 」
必死の形相の洋に、明るく楽しい気持ちがこみ上げてくる。しかし今日のところは話を逸らしておこう。
「はは、それにしても遅いな」
「確かにそうだね。俺、ちょっと見て来るよ」
「そうか。今日は夕方から夜勤だからそろそろ帰ってきてもらわないと困るしな、頼むよ」
「OK!」
****
丈とじゃれあった長閑な休日は、師走の喧騒を忘れるひと時だった。
山門を一段抜かしで降りて駐車場を覗くと、流さんの車は戻って来ていた。
なんだ? もう帰っているのか。
じゃあどこに? あ、もしかして……あの茶室かな。
再び母屋を突っ切り、竹林を抜け俺が結婚式の日に溺れかけた滝の近くにある流さんが建てた茶室へと、足は自然と向かった。
ふたりで優雅にお抹茶でも点てているのか。でもそろそろ丈と交代してもらわないと……なんて呑気に考えながら、茶室へと近づいて行った。
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