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出逢ってはいけない 6

志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。 今日はシリアスが続く息抜きで、軽めの話になっています。 書いていてお腹が空いてしまいました(笑) **** 「丈、いってらっしゃい」 「今日は当直だから、夕食は兄さんたちと食べるといい」 「ん、そうだね。そうするよ」 「じゃあな」  チュッ……  軽いキスを交わし、離れの玄関で丈を見送った。  それにしてもシャワールームで、あんなに激しく抱きあった後に湯船に浸かったら、脱力感で沈みそうになったよ。まだ躰が火照ってるし、へろへろで……このままひと眠りしたい位だ。  でも今日はダメだ。これから母屋で夕食を食べるのだから。運動して……お腹も空いたし、そろそろ行かないと。  気持ちを整え身支度を整え……母屋の台所に向かった。もうこの時間なら流さんが台所で奮闘しているだろう。そう思ったのに、何故か台所の電気が消えたままだ。不思議に思い、翠さんを探すと、丁度本堂の戸締りを終えて戻って来た所だった。 「翠さん、お疲れ様です」 「あぁ洋くん、丈から聞いているよ。今晩は当直だからこっちで一緒に食べられるんだよね」 「えぇでも流さんはどこに?あれ、薙くんもまだ戻ってないのですか」 「薙は友達と東京に遊びに行って……でも、少し心配で……流が迎えに行ってくれたんだ。帰宅は19時頃になると連絡があったよ」 「え……じゃあ夕食はどうするんですか」 「あ、そうか、なにか出前でも取る? 」 「いいですね。でももしかしたら流さんが夕食作るつもりで買い物しちゃっていたかも。冷蔵庫見てみますね」  うーん、見なければよかった。扉を開けてから後悔した。  何故なら冷蔵庫に大量のひき肉が眠っていた。  確か俺の乏しい知識によると……ひき肉ってあまり日持ちしないよな。これで何を作るつもりだったのか。 「何かあった?」 「えっと……ひき肉です」 「そうか……参ったな。忘れていたよ。薙のリクエストでハンバーグを作るって流が張り切っていたのに。あ……でも下ごしらえが済んでいて、もう焼くだけとか」 「……いえ、残念ながら」 「そうか……うーん」  翠さんの料理の腕前ってどうなんだ? そう言えば一度も見たことがないので期待出来ない。わーまずいな、俺にかかっているのか。でもハンバーグなら以前流さんの手伝いで作ったことあるから、やってみるか。 「翠さん、任せてください。俺、流さんの助手で作ったことあります。だからやってみます」 「それはよかった。じゃあ、僕も着替えて手伝うね。先に始めていて」 「はい!ゆっくりどうぞ」    意気込んだのは最初だけ。  翠さんがいない間に始めたのはいいが……手はぐちゃぐちゃだし、卵は床に落とすしパン粉は大量にこぼすし、既に調理台の上が滅茶苦茶だ。  はぁ……全然上達してない。どうして?  いつも手際よく料理をする丈や流さんのようになりたいと、手伝いだってしっかりしているのに……不器用というのは一生治らないのか。こんな姿、丈に見られたら、きっと笑われてしまうな。  焦れば焦るほど……ハンバーグの種がゆるくて固まらない。牛乳を入れすぎたのかな。料理って加減が難しいんだな。 「これ……本当にハンバーグになるの?」    翠さんがひょいと顔を出して、不安そうに言った。 「あっ翠さんいいところに! これどうしたらいいですか」 「あー緩すぎるね。ベトベトだ! わっ何か踏んだ! 」 「あっすいません。そこ卵落としちゃって」 「ひぃ……」  ひきつった笑顔の翠さんだけど……  その後思ったのは、翠さんも大して役には立たなかった。腕前は同じレベルかも?  もはやこれはなんだという物体になり果てたものを、必死にハンバーグらしく成形してフライパンで焼いてみた。 「洋くん、待って! なんか焦げ臭い」 「わっわっ! 焦げてる」 「え? 本当だ! どうしよう」 「わ──焦げついてひっくり返せない」  格闘すること一時間。  今、皿の上には無残な姿のハンバーグが横たわっている。 「……うっ……なんか元気のないハンバーグですね」 「うっうん。洋くん……でも頑張ったよ。見た目より中身だよ。味で勝負だよ」 「ですよね! 翠さんも沢山手伝ってくださって、ありがとうございます。これって合作でいいですよね」 「うっ……そ、そうだね……あっそろそろふたりが帰宅するから、山門まで迎えに行ってくるよ。あとはいいかい? 」 「はい、じゃあすぐに夕食に出来るように用意しておきます」  翠さんは逃げるように出て行った。  ふぅー見よう見まねだったけど、俺、頑張ったよな。  多少の焦げはご愛敬だろう? 味は大丈夫なはずだ。  丈にも明日の朝食べさせてやりたいから、よけておこう。 **** 「い……ただきます」  食卓に並ぶ、真っ黒ハンバーグが四つ。  心なしか薙の声がひきつっているような。  これはまた見事に焦がしたな。  翠に言われて予想はしていたが、想像以上の焦げ具合だぞ。 「どう? ちょっと焦げちゃったけど……味付けは翠さんが最終確認もしてくれたし、大丈夫なはずなんですが」  照れくさそうに、でもひとりでやりきった達成感でキラキラしている洋くんは、なんだか微笑ましいじゃないか。 「うん、どれ?」  一口、口にいれると……なんともいえない柔らかすぎなヌルッとした不思議な食感だったが、翠の味付けだと聞いたらありがたくなってきた。噛みしめようとすると味わうまもなく、スルリと喉に落ちていったが……うん……気にしない。 「どうかな? 」 「兄さんの料理なんて滅多に食べれないから、嬉しいですよ」 「そうか」  翠が照れくさそうに笑ってくれる。もうそれだけで幸せだ。 「うげー! これハンバーグっていえるのか、母さんの方がずっと上手い。洋さんは習わなかったの? おかーさんにさ」 「え……あっ……うん」 「……薙、洋くんのお母さんはもう他界されているんだよ」  翠が静かに告げた。 「え……そうだったのか。知らなくて余計なことを……ごめん」    へぇこういう時は殊勝に謝るのか。可愛いもんだ。翠の息子らしい一面を、薙はどんどん見せてくれるようになっている気がする。 「いいんだよ。俺の母は13歳の時に病気で亡くなっていてね。だから俺は母の味という記憶があまりないんだ。だから料理も家事もからっきし駄目で、ごめんね。焦げちゃって」  洋くんも表面上は気にすることなく説明してくれて、ほっとした。本当は寂しく思っている気持ちが伝わるけどな。 「そういうわけで、洋くんのおふくろの味担当は俺なんだよ。もっと仕込まないとなっ」 「流さん……」 「ん?」 「流さんの作るごはんも、丈の作るごはんも……月影寺での食事は……本当に美味しいです」 「だろ? 翠兄さんは抜かしてだけどな。兄さんは洋くんと一緒に俺の弟子入りだな。正直……コホン、同レベルですよ」 「えぇ!? 何で僕が……」 「ははっ」  味はともかく、楽しく賑やかな夕食だった。  男所帯だが、華やかで幸せに満ちたひと時だ。  薙も……洋くんと一緒に、少しずつ、この寺の一員になっていくだろう。  焦らず、ゆっくりと馴染んでいけばいい。

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