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【番外編最終話】SS 安志×涼 「クリスマス・イブ」6

 一体どの位の時間、バス停のベンチに座っていただろうか。  もう遅い時間でバスは来ないのに、何故か人通りが多いような気がする。  俺がここにいる間だけでも、何人もの人が広告を指さして話題にしていた。 「ねっ、あの広告の男の子すごく可愛いよね」 「あっモデルの涼だ! この子って最近すごい売れてるよね。だって凄く綺麗だもん!」  時計の広告は女の子も映っているのに、メインは涼なのだろう。涼にはモデルとしての素質があるようで、特別な輝きを放っていた。  本当にこんなに綺麗な子が、俺の恋人なのか、これは現実なのか。  不安にすらなってくる。  恋人となり躰を繋ぎ、何度抱いても……  腕の中からするりと抜け出て、先へ先へと駆け出してしまいそうな不安を、いつも抱いていた。  何故だろう……涼と俺はこんなに幸せなはずなのに。  全く、今日の俺はどうにかしている。  俺はちっとも大人じゃない。  恋に関しては高校時代から止まっているようなものだ。  涼……やっぱり今日は会いたかったよ。  このベンチの横に並んで座っていて欲しかった。  とぼとぼと情けない気分でマンションに向かって歩き出すと、北風が一層身に堪えた。  心も外気にあたり一層冷え切ってしまったようだ。  こんな日はもう早く寝てしまおう。こんなにも自分の感情をコントロールできない情けない日には……お別れだ。  安志……お前はもう……大人だ!  そう自分自身を叱咤激励しつつ、外階段を上がりアパートの廊下を歩いた。 「えっ」 「うっ……うっ」  キャラメル色のダッフルコートを着た男の子が、俺の部屋のドア前にしゃがんでいた。ドアに背を持たれて俯いていた。泣いているのか……小さな嗚咽。揺れる肩。  まっ、まさか!  フードを頭まで被って顔は良く見えないのに、俺にはそれが涼だってことは一目で分かった。  まさか会いたいと思っていた涼が目の前に現れるなんて!  これって夢じゃないよな!  思わず持っていたコンビニ袋を、足元へ落としてしまった。  ガシャン──  その音に反応した男の子が、俺を見上げて、目を見開いた。 「あっ……」  慌てて立ち上がった男の子は、やっぱり涼だった。  涙をためて潤んだ目元で、俺の元に駆け寄って来る。  ドンッと体重をかけるように抱きつかれ、途端にふわっと涼の香りが鼻を掠めた。少し汗ばんだ、それでも清らかな涼の香りを受け止め、一瞬そのまま抱きしめたくなったが、ぐうっと我慢し、急いで部屋の中に涼を入れた。  外は危険だ。誰がどこで見ているか分からないからな。 「涼……? 本当に涼なのか!」  靴を脱ぐ時間ももどかしく、玄関先でぎゅっと抱きしめた。  あぁ涼だ、本物の涼だ!  このしなやかな躰は俺の涼だ!! 「涼、来てくれたのか」  頭を撫でながら嬉しくて尋ねると、拗ねたような怒ったような返事が返って来た。 「どこに行っていたの?」 「え? あぁコンビニにビールを買いに」 「こんなに長い時間おかしいじゃないか。電話にも全然出てくれないし、すごく心配した」  あっそうか、スマホは家の中だ。悪いことをしたな。  何度もきっと連絡をしてくれたのに、俺が全然出ないから、さぞかし不安だったろう。  いつもの涼らしくない荒れた口の利き方だった。  ん?待てよ。これって……もしかして妬いくれているのか。  そう思うと途端にポカポカしてくるものだ。まさか俺なんかが妬いてもらえるなんて……何だかくすぐったいぞ。 「安志さんはモテるから心配で……今日だって誰かに誘われてしまったかもと……」 「馬鹿だなぁ、涼。俺はその……バス停のベンチで涼のことを見ていたんだよ。なんか無性に涼に会いたくなってさ」 「え……もしかしてあのバス停にいたの? あの広告の僕に会ったの?」 「そういうこと」  涼の方も気が抜けたような表情だ。 「なんだ……僕、てっきり……そっか」 「涼は馬鹿だな、俺は涼が好きなんだよ。俺達は恋人同士でいいんだよな?」 「安志さん、いつもごめんなさい。僕は安志さんの気持ちも考えず我が儘で勝手で……でも僕も本当はすごく今日会いたかったんだ。3時間だけ仮眠時間をもらえたから、急いで駆けつけたんだ。だって安志さんに、とにかく会いたかった。傍にいて欲しかったから!」  必至に訴えて来る様子が、滅茶苦茶可愛い!! 「涼~あんまり可愛いこと言うなよ。俺もさ、素直に言えばよかったよ。物分かりのいい大人を演じてないでさ」 「僕こそっ、子供ぽい言動だなんて思わず、素直にぶつければよかった。僕の気持ち!」 「くっ」 「くすっ」  お互い笑みがようやく零れた。 「やっと笑ったな」 「安志さんこそ」  そのままキスをした。  少しだけ涙の味のキスだった。 「寂しかったか」 「うん、ここに来て会えなかった時は流石に愕然としたよ。安志さんも寂しかった?」 「あぁ寂しかった。だって今日はクリスマスイブ……だろ」 「ん……あと2分でクリスマス当日にもなるよ」 「おお! じゃあ2日間も一緒だ」 「うん、安志さん……好きだよ。ありがとう」 「涼、俺達は遠慮し過ぎだったな。年の差ばかり気にして、お互いの位置から抜け出せなくて、もがいていたのかもしれないな」 「うん、歳の差が気になるなら、お互いが歩み寄ればいいだけなのにね。やっと気が付いたよ」 「涼、俺と付き合ってくれてありがとう。メリークリスマス!」 「安志さんこそ、僕を求めてくれてありがとう!メリークリスマス!」  もう一度、涼にキスをした。  もう涙の味はしなかった。  その代りに、涼の可愛い唇からは、誘うような甘い蜜の味がした。 「涼、あと何時間いれる?」 「あと2時間は安志さんのものだよ。好きにして欲しい」 「おっ、おい、馬鹿っ……そんなに煽るな。本当は仮眠すべき時間だろ」 「安志さん……こんなんじゃ寝るに寝れないよ。お互いに」  濃厚なキスの後……お互いのそれは見事に勃っていたってわけさ。 「涼も勃ったな。これって抱いていい合図ってことだよな」 「……もちろんだよ」  甘い恋人たちのクリスマスの夜が、俺達にもやってきた。  サンタはもういないと思っていたのに、もしかしたら……  窓の外の三日月が、キラリと光って微笑んだような気がした。                     『クリスマス・イブ』了 **** ふぅ~なんとか、クリスマスイブに、安志と涼のSSを書き終えました! 久しぶりに二人のことを描くのは楽しく、すれ違いにも萌えながら書いていました。読んで下さってありがとうございます。 しかし、ここで終わりなのも何ですよね。 もっと先が読みたくありませんか。 そこで読者さまにプレゼントがあります。 明日はこの続きを更新します。 あとスター特典も今日・明日で更新しようと思います。 沢山の方に読んでもらいたいピュアな丈と洋のお話なのでスター2つで読めるようにしておきますね! 素敵なクリスマスとクリスマスイブをお過ごしください! いつも私の創作ワールドに浸って下さって嬉しいです。

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