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聖夜を迎えよう1

   翠さんに降りかかった事件の処理はほとんど終わり、月影寺には再び平穏な日々が戻っていた。  警察や弁護士も関わる大騒動で事情聴取など多忙だったが、翠さんはすべて淡々と処理していった。そしてその横には、いかなる時も流さんが付き添っていた。  もう翠さんは、以前の翠さんではない。  何か肩の力が抜けたというか、いい意味で自然体になっていた。ゆったりとおおらかに……流さんが傍にいるだけで、時の流れすら変わったように見えた。  幸いあの事件は大きく報道されることもなく、ひっそりと処理された。克哉の方は精神鑑定が必要な状態で、もうこの月影寺に近づくことは許されない。    拓人くんはあれから達哉さんと共に建海寺で暮らしているそうだ。男所帯なので、寺の仕事もよく手伝い、それなりに明るい日々を送っているようで安心した。  拓人くんの幼い弟と妹は、結局そのまま祖父母宅で暮らしている。達也さんとご実家のご両親は不和のままだが、それは仕方がないことだろう。  何もかも完璧に上手くいったわけではないが、翠さんを一番苦しめていたものを取り除くことが出来て、月影寺の一同がほっとしていた。  そして俺は……平穏の有難さを、いつも通りでいられることの有難さを噛みしめていた。  特に厄介なのは『心』だ。  常に平常心でいようとするのは、意外と難しいことを知った。  人と人とは、多かれ少なかれ関わりを持って生きているので、他者からの影響が大きい。でもその人たちと心が通じ合い、互いに思い合える関係になれた瞬間を、俺は月影寺で生きるようになって何度も味わえた。  それが……俺の今の幸せを作っているといっても過言ではない。  俺にもとうとう居場所が出来た。  俺がいてもいい場所、生きる場所を得た。  全部……ずっと俺が欲しかった憧れていたものだ。  それにしてもいつの間にか12月も下旬で、間もなくクリスマスを迎える。去年のクリスマスは、俺たちはまだソウルにいた。あのKaiや優也さんを巻き込んでのクリスマスパーティーが懐かしい。  すっかり紅葉も終わり枯れ野になった月影寺の朝の風景を眺めながら、結露した窓ガラスを指でなぞると、ひんやりと冷たかった。 「くしゅんっ」 「ほら洋、いつまでも窓辺にいると冷えるぞ。こっちに来い」  キッチンカウンターには、朝食がずらりと並んでいた。淹れたてのコーヒーに、今日は熱々のアップルパイか。相変わらず美味しそうで途端に腹が空いてきた。   「丈、ありがとう。今日も美味しそうだな。それにしても、あと十日でクリスマスなんて早いな。今年はどんな風に過ごそうか。あ……でも寺にクリスマスなんて変かな」  少し気になっていたことを思い切って聞くと、丈が目を細めた。 「ふっ安心しろ。月影寺にもクリスマスはある。両親が祭り好きだったからか、そういうのは関係なしに昔から張り切ってクリスマスの献立が並んでいたぞ。だから私たち兄弟には、そういう偏見はないよ」 「そうなのか! あぁ、よかった」 「くくっ可愛いな、洋は。その歳になってもやっぱりクリスマスが楽しみなのか」    丈が意地悪そうに言うので、言い訳を探してしまう。本当は楽しみにしている癖に。 「なっ! そういう言い方するなよ。だって……薙もいるし、みんなでお祝いしたらいいだろうなって思ったんだ。今月は本当にいろいろありすぎたから、皆とゆっくり……食事でもしたいよ」 「そうだな。確かに……で、洋は何を『サンタさん』にお願いするんだ」 「だから!『サンタさん』なんてもう信じていないし」    丈が俺の腰を深く抱きしめてくる。 「馬鹿だな。洋……恋人がサンタクロースだという事くらい……知っているだろう」  ずるい! そんなに官能的な声で、甘く……耳元で囁くなんて! 「丈……朝から、何をそんなキザなことを!」 「ははっ、気に入ったか」  俺たちの朝は、いつもこんな風に始まる。  一つの山を越えた場所にある風景は、また一段と明るいものだ。  

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