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解き放て 25
夕方になってようやく、洋くんから連絡を受けた。
MIKAさんの探していたお母さんの実家が見つかったことと、彼女が捻挫してしまったので、その家に一晩泊まるとのことだ。
もちろんMIKAさんの伯母さんという人が信用できるか、そこが安全な場所か、僕たちはネットワークを駆使して調べ、泊まるのに問題がないのを確認してからOKを出した。だから心配はないはずだった。
「あー心配だな」
なのにKaiくんはさっきからずっと部屋の中を行ったり来たり、うろうろ歩き回っていた。
「気持ちは分かるが、特に問題のない家だったのだろう?」
「それはそうだが……洋、本当に大丈夫かな」
あぁそうか。Kaiくんはずっと洋くんを守る立場にいたから慣れないのか。じっと待つことの時間の長さや心の虚しさや寂しさを、知らないのかもしれない。
僕は……翔のことを……信じられないけれども、信じたい人をずっと待っていた。だからやっぱりこんな風に心配される洋くんのことを、幸せだと思ってしまう。
ふと自分に当てはめると、急に寂しい気持ちになってしまった。全く駄目だな……まただ、また嫌な自分が出てきてしまう。キュッと唇を噛みしめ、一刻も早くこの考えを消し去ろうと努力した。
「Kaiくん、そんなに心配なら今からでも迎えに行く? 車を出せば問題のない距離だよ」
「優也さん……いや大丈夫だ。洋を信じよう。そしてもう洋の話はここまでだ」
突然僕は、Kaiくんに両腕でぎゅっと背後から抱きしめられた。
「どうしたの? 急に」
「ごめん、今、優也に寂しい思いをさせた」
「え……」
まるで心の中を覗かれたような気持ちで、恥ずかしくなってしまう。
その晩、僕はKaiに優しく深く抱かれた。いつになくKaiは切ない目をしていた。きっと僕の不安が伝わってしまったからだ。
ごめん、君にそんな気遣いをさせて。
行為の後……まだ裸のまま横たわる僕の躰は、Kaiにすっぽりと背後から抱きしめられていた。それからピロートーク代わりに、不思議な昔話を聞いた。
どうしてKaiが洋くんを守るようになったのか。それがご先祖さまから続く言い伝えだったこと。前世からの因縁だったこと……このホテルにしたKaiくんの実家そのものが、その言い伝えの証人で……洋くんの前世のヨウ将軍の持ち物だったこと。Kaiの先祖がヨウ将軍を守る側近だったこと。
「不思議な話だろう? なかなか話せなくて、ごめん」
「いや……前から薄々何かあるとは思っていたから、大丈夫だ」
「信じられる?」
「君が言うことなら」
「ありがとう、そんなわけで二人がようやく結ばれた今は、もうお役御免なのに、長年染みついた癖だよな」
「分かるよ。癖って、なかなか抜けないよね。特に悪い癖って厄介だ。僕もすぐに悪い方向に考えが行ってしまう」
「優也……さっき、すごく寂しそうな眼をしていた」
「そんなこと……」
「俺には分かるんだ。ごめん……そんな顔をさせたのは俺だ」
優しい口づけのあと、Kaiはスマホを取って一枚の写真を見せてくれた。それは古びた肖像画だった。
「え……この人って洋くんに少し似ている気が……もっと逞しい体格だけど」
「そう。これが今話したヨウ将軍だよ。そして隣にいるのが、彼が生涯守った王様だよ」
ヨウ将軍よりずっと年若い……素直で優しそうな青年が描かれていた。
「そうだったんだ」
「これ一枚だけなんだ、我が家に伝わる彼らの面影が……何故この一枚だけなのか、今ならよく理解出来るよ。何故なら……」
「何故なら?」
Kaiくんが何を言おうとしているのか分からなかったが、僕には彼が話す言葉がまるで飲み水のように、すうっと躰に入ってくるのを感じていた。
「この王様……優也に似ていると思わないか」
「えぇ? 全く何を言うのかと思ったら……君ってば、突拍子もないことを言うんだな」
思わず笑ってしまった。だっていきなり僕が登場するなんて。
「似てるよ。俺の父もそう言ってた。だから父は優也さんとのこと快諾してくれたんだと思うよ」
「そんな。王様だなんて……おこがましいよ」
「きっと俺の先祖も王様を生涯守ったんだろうな。この絵には描かれていないが……そんな眼差しを感じる絵だ。そうだ優也、明日さ、洋が戻ったら墓参りにいかないか。ソウルにはヨウ将軍と王様の眠る墓が実在するんだ」
真剣な眼差し。僕だけが洋くんたちとKaiの絆の蚊帳の外かと思っていたのに……僕も縁あってKaiと結ばれ今ここにいると、そう考えてもいいのか。そんな風に思わせてくれるのが嬉しい。
僕は愛されている。
僕が愛している人に、とても大切にされている。
「優也も大事な一員だ。今度の週末には丈さんが遊びに来るらしいし、俺たちのお披露目をしよう。この地で、ヨウ将軍の聖地でずっと仲良く暮らしていくと約束しよう」
何もかも繋がって真っすぐな光線に──
解き放たれていく想いは、どこまでも高く、高く──
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