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解き放て 27
「実は……MIKAさんと一緒だ」
「えっ!」
受話器越しの絶句と、息を呑む音。
あっまずい! 正直に答えたものの……説明不足で丈を驚かすことになってしまったことを、猛烈に反省した。俺は本当に気が利かない。
「そうじゃないんだ。昨日ようやくMIKAさんのお母さんの実家が見つかって、そこに泊まらせてもらったんだ。実はアクシデントがあって」
「……一体どういうことだ?」
丈の声が厳しいものに変わった。
「途中でMIKAさんが足をくじいて動けなくなって、だから一晩お世話になることに……」
「ふぅん……」
俺は動揺し、かなりしどろもどろになっていたのか……MIKAさんが見かねて、電話を替わろうかとジェスチャーしてくれた。でもちゃんと自分の口から伝えたいと思った。
「丈とのことなら、話してある。俺の大切なパートナーで恋人だと」
「洋……」
人前でこんな風に……電話越しとはいえ、恋人が男性だと宣言したことも紹介したこともないので、流石に緊張した。でも恐る恐るMIKAさんの様子を伺うと微笑んでくれたので、ほっとした。
世の中こんなに甘くないのは、分かっている。
こんな風に、無防備に簡単にカムアウトすべでないことも、ちゃんと分かっている。
でも……信じたっていいだろう?
最初から疑ってかかるなんて、悲しいじゃないか。MIKAさんは信じるに値する人だと最初から自然にそう思えたし、ここ数日行動を共にし印象が変わらなかったので、俺の勘に懸けてみた。
暫しの無言の後、丈が深いため息をついたので、怒られる? と思ったが、丈の口調は予想外に明るかった。
「全く……洋は無鉄砲だな。だがそんな風に言ってくれて嬉しかったのと、MIKAさんという女性は信頼できるのが分かったよ」
「丈……」
「それに私も悪かった。最初に今日はKaiに電話していたんだ。週末にそちらに行けることが決まったので、その相談もあってな」
「そうだったのか。本当に来てくれるんだな。嬉しいよ、待ってる」
通話を終えるとMIKAさんも微笑んでくれたので、俺も微笑み返した。
「洋くん幸せそうね。いい彼氏さんなのね。なんか羨ましいな。私も母のことが片付いたから、一歩進んでみるね」
間もなく春がやってくる。
冬眠していた心が、綺麗に咲けばいいと思う。
****
今回のMIKAさんとの出会いの意味が、結局、何だったのかは分からない。
でも他人にカムアウトする勇気や、日本で母の実家を訪問してみたいと思う気持ちなど、今までの俺にはなかった全く新しい気持ちを持てるきっかけを貰えたことに感謝したい。
「洋くん元気でね。本当にいろいろありがとう! どうか幸せになってね! まぁ、今でも幸せだと思うけど」
翌々日、空港でMIKAさんを見送った。ゲートの向こうへと姿が見えなくなるのを確認してから、急いで到着ロビーに向かった。
丈を乗せた飛行機が間もなく到着する。
ソウルに……俺のもとに、丈が来てくれる。
いつも迎えられる方だったので、こうやって丈を待つのは新鮮な気分だ。
初めて丈と訪れたソウル旅行のことを思い出す。
俺はなかなか迎えに来てくれない丈を待ちくたびれて、空港の屋上に行ったんだったよな。彼方へと飛び立つ飛行機は、まるで時空旅行をしているように幻想的だった。まだ俺たちが付き合いだして間もない頃だ。二人の間の謎も解けぬ段階で、この国に導かれるようにやってきた。
思い出に耽っていると、ポンっと肩を叩かれた。
「洋、随分とぼんやりして、相変わらず危なっかしいな」
見上げれば、そこには、丈が笑っていた。
「丈、会いたかった」
異国の空港で俺の前に立つ丈は、いつもより更に精悍で、まるで初めて会った頃のように、改めて逞しい男だと思ってしまった。だからなのか勢いで、抱きつきたい気持ちになってしまった。
ここ数日MIKAさんと行動を共にして、我ながら男らしくなったと自負していたのに、これでは、いつものままだ。
全く駄目だな。丈を前にすると途端に俺は……こんなだよ。
丈……君に感じる安心感は半端ない。
かつてのヨウ将軍の心の拠り所だったのが分かるな。
丈は静かな瞳を持ち、どこまでも静かな心でいつでも俺を優しく迎え入れてくれる湖のような人だから。
「おー! 洋、丈さん無事に到着したんだな」
「あぁ、たった今!」
Kaiと優也さんが、遅れて空港にやってきた。
今日はこのまま四人でヨウ将軍の仕えた王様の墓に行くことを告げると、丈もちょうど同じことを考えていたと言ってくれた。
あの湖、あの墓。
過去との邂逅をしたこの地には、俺達の歴史が点在している。
俺達の時間旅行は、もう間もなく終わりになるのだろう。
今このメンバーが揃う意味をひしひしと感じてしまう。
ここには、どうやら最後の仕上げをしに来たようだ。
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