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慈しみ深き愛 25

「さぁ、洋くんの席はここだ」  流さんに背中を押され、食卓の真ん中の席に座らされた。いつもなら丈と並びの席なのに、何でこの位置?  丈と流さんが横に並び、その向かいには翠さんと薙くんが親子で並んだ。薙くんの着物姿といい流さんの袈裟姿といい……明らかにいつもと違う状況だ。でも、これはこれで華やかな食卓になっている。 「あの、ちょっと聞いていいですか」 「なんなりと、どうぞ」 「えっと……どうして俺がこの席なんですか。これじゃまるでお誕生日……席……」  あっ! えっ……この席ってまさか。 「やっと気づいた? そうだよ。今日は洋くんの誕生日祝いも兼ねての雛祭りパーティーだ。主役は誕生日席だよな。やっぱり!」  流さんが豪快に笑い、翠さんも柔和に微笑む。 「洋くんの誕生日は2月27日だよね。当日はソウルにいたから、今日祝おうと思って企画したんだ。驚いた?」 「え……なんか……どうしよう。丈……俺、こんな賑やかな誕生日初めてだ」  涙腺が脆くなったのか、じわっと嬉し涙が込み上げてくる。 「洋くん、嬉し涙なら存分に泣けよ」 「喜んでもらえて、僕も嬉しいよ」 「洋……良かったな」  丈も心底嬉しそうに眼を細め、俺のことを見つめていた。 「うん……うっ……すみません。嬉しくて……でも賑やかなのに……俺、慣れていない」 「へぇ……洋さんって意外だな。その顔で謙虚だよなぁ。でもオレもこんな風な団欒に慣れてないから、くすぐったいぜ」  今まで……この顔のせいで、男としてのプライドをズタズタにされるような、辛く悲しい目にばかり遭ってきた。  こんな女顔……男なのに、男を引き寄せてしまう顔が嫌いだと、恨んだこともある。捨ててしまいたいとも……どこか遠くへいってしまいたいとも。  でも、今はそれでも、生きて来て良かったと思える。  生きているからこそ、こんな風に人の優しさに触れ感謝できるのだから。  それにしても……薙くんは、女物の着物を着ながらも、開き直っているのか、堂々としているのが眩しくも感じる。  俺にはない力を、彼は持っている。  彼は……俺と同じ道は歩まないだろう。  もっと強く! 力強く! 自分で道を切り開いていくだろう。  ふと、そんなことを思った。 「さぁ乾杯するぞ」 「洋くん、29歳のお誕生日おめでとう!」 「洋も来年は30歳だなんて驚くな」 「全然見えないよ~ 洋さん、詐欺だぜ。まだ20代前半で余裕で通るよ」  グラスを傾けながら四方八方から様々な感想を言われて、照れくさかった。  しかし俺だって……自分がもう29歳だなんて信じられないよ。  父さん……あなたが亡くなったのも29歳の時でしたね。  俺……もう追いつきます。そして追い越します。  自分を造ってくれた父より先の人生を歩むようになるなんて、どこまでも感慨深い。  そしてこの歳で、母と俺を残してあの世に行かなければなからなかった父の無念を強く感じた。俺には子供はいないが、丈を残して去るなんて……到底無理だ。 「どうした? ぼんやりして……誕生日とは……洋をこの世に産んでくれたご両親に感謝する日でもあるな。洋……生まれて来てくれてありがとう」 「丈……そんな風に想い……そんな風に言ってくれるのか」  丈はもうこの世にいない父と母のことを、最近よく気にかけてくれる。それが心に沁みるんだ。俺はもう一人じゃないのに、どこか亡き親を追い求める気持ちがあることを汲んでくれているのか。  丈と出逢えて良かった。こんな風に、折に触れて父と母のことを思い出せるようになれて……良かった。  あとはもう団欒の時を楽しむだけ。  流さんお手製の美味しいちらし寿司や串揚げなどを肴に、ビールや日本酒を飲んで楽しんだ。久しぶりの日本食が美味しくて、とまらなかった。  ピンポーン──  すると……母屋の玄関のチャイムが鳴ったようだ。 「あれ? 誰か来たみたいだ」 「僕が出ようか」  翠さんが席を立とうとすると、薙くんが制した。 「いいよ父さん、僕が行く」 「でも……薙、そんな恰好なのに」 「平気だって、喋らなければ女の子だと思われるだけさ」  薙くんは明るい笑顔で、部屋を出て行った。  そんな後ろ姿を見つめながら、少し反省した。  どうして、さっきは女の子に見えたんだろう?  見た目でしか判断できなかったな。  顔ではない……心を見よう。  人の心を掴めるようになりたい。  心を掴んでもらえるような人になりたい。

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