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花明かりのように 9
母と俺の写真を入れたフォトフレームを緩衝材で包み、鞄にそっと入れた。
次にあの洋館に行く時は、この写真を持参しよう。
何かが変わるきっかけになればいいのだが。
それから棚に飾っていたフォトフレームを取りに行き、用意しておいた丈と俺の写真を入れた。最初からこの写真を入れようと決めていた。
昔の携帯で撮った写真なので画像は粗いが、懐かしい時間が閉じ込められている。
これは……丈に抱かれて間もない頃に、春の海岸で撮ったものだ。この頃の丈は、俺を一時も離したくないようだった。だから温泉に連れ込んで朝から俺を組み敷き、昼も夜もクタクタになるまで抱き続けていたよな。
ん……待てよ、それは今もあまり変わらないか。
隙あらば俺を抱くのは、変わってないような。
思わず苦笑してしまった。
正直俺は男だし、俺の躰のどこに、そこまでの魅力があるのかは分からない。でも俺もそれを望み悦び感じているのだから、もう同罪か。
本当にこんなにも数えきれない程、同じ性を持つ人と躰を繋ぎ合わせるなんて……人生とは分からないものだ。
もう一度じっとフォトフレームの中の自分の顔を眺めた。
まだ22歳の頃だ。新緑よりも少し前の春の海だった。吹く風は少しひんやりと冷たかったのを覚えている。
確か、沢山のキスマークを躰に残されて、少し不機嫌な朝だったような。トレンチコートの襟を立て隠してはいるが、その首元にはちらほらと鬱血の痕が見えていた。
丈の奴……今でこそあんな無茶はしないが、あの頃はお互いに不安だったのかもしれないだ。まだ過去との邂逅を前に、俺たちはただ本能的にまるで動物のように求めあっていた。
この頃の俺は、丈しか知らない無垢な躰だった。
丈に純潔を捧げたかったのは、後に……過去の俺がいつも権力あるものに捻じ伏せられ、純潔を奪われ、身体を支配され続けていたからだということを知り、胸を掻きむしりたいような虚しい衝動にかられた。
もう……思い出すのはここまでにしよう。
これ以上思い出すのは、躰にとって『毒』でしかない。
俺の記憶はあのホテルでのワンシーンの入り口で、引き返そうと踏みと留まっていた。
この先は……もう見てはいけない。覗いてはいけない記憶だ。
人は傷つけられた記憶をいつまでも忘れることが出来ず、また傷つくのが分かっていながらも、その記憶を再び辿ろうとするのは何故なのか。
嫌な汗が流れ落ちるのを感じてブルっと震えた所を、現実に引き戻された。
気が付くと、風呂上りの丈に後ろから抱きしめられていた。
「洋、顔色悪いぞ。海ではしゃぎすぎたか」
「丈……」
丈の声に、心底ほっとした。
「あっ……この写真を入れたのか」
「うん、覚えているか。この日を」
「あぁ……今でも思い出すな、この頃の洋は妙に色っぽくて、私は洋を抱き潰してよく怒られたよな」
「うん……丈は外と中とでは別人だなって思っていたさ」
「写真の洋も、今ここにいる洋も変わらず綺麗だよ。あ……ここに私がつけた痕があるな」
写真の中の若い俺の首筋を、丈の指先が辿れば、なんだか今の俺までドキドキしてしまう。
「そうだよ。沢山痕が付いていて、鏡の前で途方に暮れてしまった」
「それは悪かったな。節操無しで……まぁ……今もだが」
背後から俺を抱きしめた丈の唇が俺の首筋を辿り出した。拒否するつもりはない。
「洋……今日も抱いても? 洋はもう風呂に入ったのだろう。海から帰ってきてすぐに」
「ん……いいよ。丈に抱かれたい……俺も」
俺は今日も丈に躰を開かれる。
よく見て欲しい。
俺を強く求めて欲しい。
俺はここにいていい存在だと、丈に抱かれる度に感じられるから。
日中、会う事すら叶わず、祖母から拒否されたことが堪え、尾を引いているせいかもしれない。
丈に抱いて欲しくて、自ら……着ている服のボタンを外していた。
「洋……」
補足
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本日更新部分では、『重なる月』38話ー45話部分を回想しています。
なんだか初々しい二人でしたね。丈の洋への執着が凄いです。
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