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正念場 14
「翠、それは違う! 気持ち悪いとか、そういうのじゃない! ただ翠が苦しんでいる時に、傍にいたのに気が付かなかったことや、傍にいられなかったのを悔やんでいるんだ」
重く圧し掛かる気持ちを吐露してしまうと、翠が寂し気に微笑んだ。
「そうか……僕の躰は……結局、流を苦しめているだけなのかもしれないな」
そんな寂しいことを言う翠の口を今すぐ塞いでやりたくなったが、ここは母屋だから大胆な行動に出られないのが悔しい。
早く、一刻も早く……俺たちの城が欲しい。
茶室と俺のアトリエの建て替え工事は順調なのに……それでも、じれったく感じてしまうよ。
もしかして遠い昔の俺達は、お互いの躰に異変があっても、気づけないで終わったのか。
だからこんなにも怪我とか病気に、過敏に反応してしまうのか。
そう思うと、どれだけの無念を背負って……俺達は生まれ変わったのかと切なくなるよ。
****
流の前で全裸になり抱かれる度に、捨てきれない想いがあった。
それは僕の心臓の下に残る火傷の痕だ。
何度も何度も同じ場所を根性焼きされたせいで、皮膚がただれてケロイド状になってしまった醜い印だ。
克哉によって植え付けられた爪痕を、流に見られるのが……本当はいつも苦しかった。
そこに口づけされると、罪悪感が生まれた。
本当は、見て欲しくなかった。
この傷は、僕の弱い心そのものだから。
この傷は消えない。
永遠に消えない。
そのことが僕を苦しめ、流をも苦しめていると自覚はしていた。
「おいっ翠……思い詰めるな。考えすぎるな。俺は翠のすべてを隅々まで見られることが幸せなのだから、その傷痕も全て含めて……俺の翠なのだから」
背後から手を回され、胸を擦られる。
傷跡部分が凍るように冷たくなっていたが、流が触れてくれると、醜い傷跡が温もりへと生まれ変わっていく。
「流……こんな僕の躰を……抱いてくれてありがとう」
「馬鹿、そんな台詞言うな! 俺が欲しかったんだ。俺がずっと翠を欲していた」
「いや……欲していたのは同じだ。僕たち、同じ量だけ欲していた」
素直になれなかった分、遠回りしてしまった僕。
傷痕を流に見られるのは辛いが、それでも流に抱かれたい。
それが、今の僕の止められない想いなんだよ。
****
カーテンの隙間から漏れる朝日に誘われ、目が覚めた。目覚めるとすぐに丈の顔が至近距離にあって、少し驚いた。
なんだ? 今日はまた、ずいぶんと顔が近いな。
あっ、そうか……昨日は怪我したせいで風呂に入れなかった。
丈が温かいおしぼりで躰を拭いくれたが、髪は洗ってないし自分が全体的に汗臭いような気がして、もぞもぞと躰を丈から離してしまった。
すると丈の手がスッと伸びてきて、腰をガシッと掴まれてしまった。
「んっ……何だよ。もう起きていたのか」
「あぁ、さっきな。それにしても今日は……洋も早起きだな」
「ん……手を離してくれよ。今日はもうシャワー浴びてもいいのか」
「もう少しこのままでいろ」
「おいっ、あまり顔近づけるなよ」
「何故だ?」
「だって……昨日髪洗ってないし、なんか……その」
「あぁ気にするな。そうだな、いつもより洋の匂いが濃いかな」
そう言いながら、突然丈が俺の首筋に顔を埋めるから、焦ってしまった。
「やっ……よせって! は……離れろ!」
「恥ずかしがらなくてもいい。洋はいい匂いだよ」
丈は鼻でスンっと息を吸い込むもんだから、俺は羞恥で真っ赤になる。
そんな風に嗅ぐな!
「俺が嫌だ」
「大丈夫だ」
「大丈夫なんかじゃない! シャワー浴びさせてくれよ」
「さてと……どうしようかな? 医師としてはあまりお勧めできないが」
「お願いだ」
恥ずかしさのあまり、涙目で懇願してしまう。
丈はそんな俺の反応を、どこか楽しんでいるような気がした。
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