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正念場 21 (キスの日スペシャル)
いつの間にか兄さんの方が、前を歩いていた。
この歩道は途中で幅が狭くなるので、一緒に並んで歩けなくなってしまうのだ。
必然的にどちらかが前か後ろになってしまう、昔から辛い道のりだった。
中学生の頃を思い出すな。
道幅が狭くなると達哉さんの少し後ろを兄さんが歩いた。達哉さんは嬉しそうに何度も兄さんのことを振り返り……俺は蚊帳の外だった。
そんな二人の更に後ろが、俺の定位置だった。
しかしなぁ……最近の男子中学生が仲良さそうに肩を組み並んで歩いているのを見ると、羨ましくなる。おいっ! 今時の若者は昔よりずっと仲がいいんだな。
そのまま暫く黙々と歩いて『月下庵茶屋』の暖簾を潜った。
兄さんが袈裟姿で、右手でふっと暖簾を除ける仕草にドキッとした。
はぁ……翠は全く無自覚だよな。
色っぽいんだよ……いちいち仕草がさ!
店内では和菓子も売っているので、ショーケースの向こうに二人の女性店員が立っており、その左手が喫茶コーナーになっている。
「きゃー、翠さんだわ。どうなさったんですか。最近よくいらしてくださって」
「こんにちは」
兄さんは小さく会釈し、更にニコっと笑う。(ヤメロ!)
「きゃぁぁ~♡」
その笑顔に、また女性店員の黄色い悲鳴だ。
おいおい今仕事中だぜ? どうなってんだよ! この店は、と呆れてしまう。
「翠さん、今日はいつも一緒の達哉さんと一緒じゃないんですね」
「……今日は弟と来ました」
「えっ! この方が弟さん? 嘘ぉぉ〜‼」
何が嘘だ! 俺は翠の正真正銘の弟だぞ! と、いつもの悪い癖で怒鳴る所だったが、翠に目で制された。
「はぁぁ~カッコいい。翠さんとはまた違ったダークな魅力ですねぇ」
ダっ……ダークだと?
なんだよそれ! まるで悪者じゃねーか。
白鳥のようにたおやかな翠を攫った悪代官とか。
頭の中で余計なことを考え、こんがらがった。
「ほら流、早く座ろう」
「あっ、あぁ」
翠に促され、憧れの中庭が見える窓際の席に座った。
あぁこんな景色が見えたのか。ここからは……
ふと窓の外を見ると、先日、翠を待つためにもたれていた白いガードレールが見えた。
ふん、いいだろう。今日はここにいる。翠と向かい合っている。
あの日の俺に自慢してやった。そのことが嬉しくて、ほくそ笑んでしまう程だ。
翠はそんな怪しい笑みを浮かべる俺を気にせず、しげしげとメニュー表を眺めていた。
「流は何食べる?」
「あー翠が選んでくれ」
翠に選んで欲しかった。
俺のために翠が俺が食べる物を選ぶ。
そんな細やかな事が嬉しかった。
昔からずっとここに座ることに憧れていた。翠が北鎌倉に戻ってきてから、どうして今まで連れて来なかったのか後悔するほどに。
「分かった。じゃあ焼うどんにしよう。僕はいつもの白玉あんみつにするよ。それにしても流はそんなに食いしん坊だったかな。まだ朝なのに、もう腹空いたのか?」
「は? 何で俺が焼うどん? さっき白玉っていっただろう?」
せっかくの甘味屋で、それはないだろう? 初めての甘味屋デートなのに、焼うどんなんてムードなさ過ぎだ!
また叫びたくなったが、翠は何も気づいていないらしく、更に余計なことを言う始末だ。
「だって、流……お前、すごくお腹空かせた顔をさっきからしているから、白玉なんかじゃ物足りないだろう?」
「えっ」
あぁ……なんて馬鹿な翠なんだ。
俺は翠を食べたいと、さっきから思っているから、そう見えるのに。
腹なんてまだ減っていない。だけど翠は欲しい。
結局……
俺は焼うどんを頬張った。
熱々のうどんに鰹節が躍り豪快だったし、俺にはまぁ似合っていると思った。味も良かったのでペロリと平らげた。
一方の翠は大事そうに白玉を一つ一つスプーンで掬って、食べている。
真っ白な雪のような白玉が、翠の薄く淡い色の唇に触れては、吸い込まれていく。
あぁぁ〜あの白玉になりたい!
あの唇に触れたい。
どしようもないガキの欲情だ。
「流、どうした?」
甘い笑みを湛《たた》えた翠と目を合わせるのが恥ずかしくて、思わず視線を逸らしてしまった。
「何でもない。ちょと待ってろ」
「うん? 食べてるね」
こんな甘味屋の店内で、股間を勃たせるわけにいかないだろ。
なんとしてでも、気を逸らさねば……と思い、店内をウロウロしてみた。
すると店のショーケースの中に、美味しそうな最中《もなか》を見つけた。
そうだ。ここの店のは指定銘菓になっているし、東京では買えないからちょうどいいな。
俺は『月下饅頭』と名付けられた、満月の姿の最中を箱入りで購入した。
「贈り物ですか」
「あぁ綺麗に包んでくれ」
席に戻ると翠は慌てて白玉あんみつを食べたようで、やっぱり少しだけ唇の端にあんこをつけていた。
いいものを見つけた。でも素知らぬ顔をしておいた。
これは後で楽しみが出来たぞ。
「兄さんもう帰ろう。間に合わなくなる」
包みを見せると、翠も察したらしく嬉しそうに破顔した。
「やっぱり流は優しいな。それは丈と洋くんが手土産で持って行く物だろう?」
「察しがいいな。やっぱり嫁さんの実家には形式張った手土産が必要だろう。ここのなら間違いないしな」
「ありがとう。お前が丈に優しくしてくれるのが凄く嬉しいんだ」
「……そうか」
翠が喜んでくれる。
俺の行動にいちいち嬉しそうに。
そのことだけで胸が一杯になるぜ。
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「はっ……んんっ、流」
結局俺達は少しだけ、寄り道をした。
何故かって?
キスをしたかったから。
完成間近の新しい茶室に大工がいないのをいい事に潜り込み、翠の唇を貪った。
「あんこの味だな。また」
「馬鹿……流……もうこんなことばかりして。早く戻らないと小森君が探しに来るよ」
「大丈夫だ。アイツにはここに近寄るのを許してない」
五月蠅いことを言う唇ごと食べる勢いで、舐めたり吸ったりをぴちゃぴちゃと執拗に繰り返すと、翠の息もあがってきて、肩ではぁはぁと息をした。やがて……小さくあの瞬間のように喘いでくれた。
「あっ……ううっ……ん」
それは壮絶に色っぽい声だった。
あとがき(不要な方はスルー)
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こんにちは、志生帆 海です。
他サイトで掲載していた時、ちょうどキスの日だったので、甘いキスを交えてみました。(加筆を沢山してパワーアップさせました)
流と翠の話は、私の萌えの塊です。いつもありがとうございます。
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