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正念場 27

 俺にとっての『正念場』は、呆気なく幕切れとなった。  悪い意味ではなく、実に良い意味の結末を迎えようとしていることに、戸惑いを感じる程だ。 「そうなのね……彼は洋の大事な人なのね。あなたをずっと支えてくれた人なのね。私にちゃんと紹介してちょうだい」  祖母に優しく労わるように言われて、丈のことをきちんと紹介していなかったことに漸く気が付いた。 「あの……彼は俺の大切なパートナーで、張矢 丈さんです。俺……実は今、彼と暮らしています。彼の家族と一緒の敷地で……あの……おばあさまは……どうして、このような突拍子もないことを話しても驚かないのですか」  祖母が感情を乱すことなく受け入れてくれるのが、不思議だった。春馬さんから聞いていたとはいえ、これはスムーズ過ぎて怖くなる程だ。 「それはね、雪也さんや春馬さんから聞いていない? 私の大事な幼馴染があなた達みたいだったの。二人が亡くなるまで私はずっと傍で、彼らなりの幸せのカタチを見守っていたからかしら。同性愛や同性婚に対して偏見とかそういうのはないのよ。驚いた?」 「そうだったのですね。俺、こんなにすんなりと受け入れてもらえるとは思っていなかったので、驚いてしまって」  まだ膝がガクガクと震えている。 「洋、とにかく座ろう」 「あっ、そうだな。丈、ありがとう」  半ば放心状態の俺を、丈が支えるように椅子に座らせてくれた。それから襟を正し、祖母に向かって、丈は深くお辞儀をした。 「ご挨拶が遅れましたが、私は張矢 丈と申します。これ地元のものですが、お召し上がりください」  流さんが持たせてくれた最中の箱を渡すと祖母は嬉しそうに微笑み、その包み紙を見て「まぁ!」と小さな感嘆のため息を漏らした。 「これは北鎌倉の『月下庵茶屋』ね。私はここの最中が一番好きなのよ」 「ご存知でしたか」 「えぇ、実は鎌倉の由比ガ浜に我が家の別荘があって……夕や朝が幼い頃には、夏休みは長期滞在したわ」 「えっ……鎌倉に?」  初耳だ。それ……  母さんが幼い頃、鎌倉で過ごしたなんて初めて聞いた。 「そうなのよ、海が見える良い別荘だったわ。後でその話をするわね。それより丈さん、あなたのご職業は?」 「私は東京のT大医学部を卒業し、今は大船の総合病院に勤めている外科医です。実家は月影寺という北鎌倉の古寺で、私と洋は今そこで、二人の私の兄とその息子と一緒に暮らしています」  丈を見つめる、おばあさまのお顔は期待に満ちたものだった。 「まぁ……やっぱりあなたは想像通り、お医者様だったのね。実はそうかなって思っていたの。あなたの姿勢の良さとか、冷静沈着な雰囲気とかが、海里先生とそっくりなんですもの。しかも外科医だなんて、そこまで一緒だなんて嬉しくなるわ」 「あの……海里先生とは?」 「彼はね私の幼馴染のパートナーで、森宮 海里先生と言って、あなたと同じ外科医だったのよ。雪也さんの主治医だったのがご縁で、柊一さんったら……」 「そうでしたか」  丈が医者で良かったと、つくづく思ってしまった。そして春馬さんが、事前におばあさまは理解があると言ってくれた理由も、全部理解出来た。 「丈さん、あなたの洋を傷付けてごめんなさいね。でもあなたが綺麗に治療してくれたのね」  祖母はもう一度俺の頬に手を伸ばして、そっと触れてくれた。    皺だらけの手だったが、母の指先を彷彿する温かいものだった。 「いえ、こちらですぐに対処していただいたので、傷跡は残らないと思いますのでご安心を」 「それを聞いてほっとしたわ。しかしあなたが外科医だなんて、これも何かの深い縁なのね。実は私から話したいことがあって……雪也さん、あれを持って来てくださる?」  傍に佇んでいた雪也さんが、何やら分厚いファイルと封筒を持ってきた。  一体何だろう? あとがき(不要な方はスルーで) **** 『重なる月』正念場も昨日で一息付けました。 あとは回収していきますね。安心してお読みいただけるターンです。 そして13章も、あと数話で終了予定です。 長らくお付き合いくださいまして、ありがとうございます。

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