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夏休み番外編『Let's go to the beach』6
ロッカールームに入って来た青年は、俺の顔を見て明らかに驚いていた。
俺の女顔に驚かれるのには慣れている。それに祖母とのやりとりから母親似のこの顔が嫌でなくなったので、不躾な視線も気に留めなかった。
でも……俺の方が逆に驚いてしまったんだ。だって彼の水着が俺のと色までお揃いだったのから。だから涼モデルを選んでくれたのが嬉しくて、つい声を掛けてしまった。
俺からこんな風に初対面の人に声を掛けるのは珍しい。それほどまでの彼は安心感のある清純な印象だった。
「あの、こんにちは。君の水着って、俺のとお揃いですね」
「あ……こんにちは。ですよね。これ頂きもので」
「あぁ俺もです」
「そうなんですね。ちょっと恥ずかしいですね。こんな狭い空間で同じものを……でもすごく気に入っています」
「俺も! 」
へぇ、センスがいい彼女を持っているんだな。でも俺は社交的でないので、会話はそこで止まってしまった。だからお互い背を向け、別々の行動をし始めた。
俺の方は丈に渡された日焼け止めクリームを塗ろうかまだ悩んでいたが、彼の方は潔く白いTシャツを脱ぎ捨て、肌に茶色いボトルのローションのようなものを塗り出した。
何だろう? じっと見つめていると、彼が不思議そうな顔で振り向いた。
「あの? 何か」
「あっすいません。それって何を塗っているのですか」
「実は今日、日焼けしてみたくて。綺麗に日焼け出来るというローションを」
「へぇそんなのがあるんですね。いいな」
「……よかったら、一緒に使います? 」
「えっいいんですか」
「海には滅多にこないし、僕だけでは使いきれないから、どうぞ!」
ニコっと微笑む青年は笑顔が可愛くて、好感が持てた。
「実は俺も日焼けしてみたいと思っていて」
「やっぱり男なら憧れますよね。小麦色の肌って逞しくみえるし」
綺麗で華奢な躰つきの青年には、きっと白い肌のままの方が似合うと思ったが、憧れる気持ちは、俺にもよく分かる。
「分かってもらえます? 」
「よく分かります。俺も焼いてみたいと思っていました」
「じゃあ今日はお互い小麦色の肌になりましょう! 」
「いいですね」
とても優しい口調で礼儀正しく話してくれる青年に、すっかり意気投合してしまった。
「どうぞ使ってください」
「ありがとう! 」
着ていたTシャツを脱ぎ捨て、ローションを上半身や足、腕、顔に塗りまくった。南国のような爽やかな良い香りで匂いも強くなく、塗り心地もべたつかず使いやすいものだった。だが問題は背中だ。必死に背中に手を伸ばすが……うう、自分だけだと上手く塗れないな。モゾモゾと困っていると、その青年が助け舟を出してくれた。
「あの、僕でよかったら、背中に塗りましょうか」
「えっ……はい、助かります」
普段だったら絶対にしない行為だ、これ。初対面の人に肌に触れさせるなんて……過去の災いを思えば出来るはずもない。でも何故か素直に彼の提案を受け入れていた。
彼の手はとても綺麗だった。しっとりときめ細やかな手で、俺の背中に慎重にローションを塗ってくれた。
変な下心なんて微塵も感じない、紳士的な態度が心地良かった。
気を許せる友人が少ない俺は、人知れず感激してしまった。彼みたいな友人が欲しかったと。同じ水着に日焼けしたいという同じ願望、これも何かの縁なのかな。
「どうでしょう? 塗り残したところはないと思うのですが」
「すみません、いろいろ。よかったら、俺もあなたの背中に塗ってあげますよ」
「えっでも」
「自分じゃ無理だから、遠慮しないてください」
「……すみません」
彼のローションを借りているのに、なんだか変だな。俺の方が偉そうだ。その位、彼の態度は謙虚だった。
「じゃあ塗りますね」
彼の背中は綺麗な背中だった。白くてきめ細やかなベルベットのような触り心地だ。北国の人にこういう肌の持ち主が多いと聞いたけれども、男性も同じなんだな。しっとりと吸いついてくるようだ。って俺の方が変なことばかり考えていて、恥ずかしくなる。
「塗り残しないですか。あれ? ここ全然塗れていなかった。おかしいな」
相変わらず不器用な俺は、彼がやったように塗っても何故かムラが出来てしまう。まだらな背中に申し訳なさが募る。
「あ、あのローションはたっぷり出して一気に伸ばした方が」
「あぁそうなんですね。不器用で」
「いえ! とんでもないです」
その時、彼との和やかな時間を打ち破る怒声が聞こえた。
「洋、一体何をしているんだ?」
「あっ丈……何って、その……」
日焼け止めを塗らず、日焼けローションを塗ったといったら怒られるだろう。どうしようと、しどろもどろになっていると、またもや彼が助けてくれる。相手の感情を上手く読める人だと思った。
「ありがとうございます。もう僕の方も大丈夫ですから、どうぞ行ってください」
丈が不機嫌そうにロッカーの入り口に立っていたし、彼の方も申し訳なさそうに促すので、その言葉に甘えることにした。
「連れが呼んでいるので、そろそろ行きますね。ローション貸してくださってありがとうございます。あの、まだ塗り残しがあるかも……俺、下手ですみません」
「大丈夫ですよ。上手く焼けるといいですね」
「お互いに!」
小声で話して別れたが、もっと話してみたくて後ろ髪を引かれる思いだった。
****
「洋、さっき何をしていた? 君が初対面の人と話すなんて珍しいな」
「えっとその、さっきの彼の水着見た? 」
「いや、洋のことしか見てなかったが、それが何か」
「俺と全く同じ水着だったんだ。丈が選んでくれたのとさ」
「へぇ……」
「で、彼がローションを背中に塗りにくそうだったから、手伝っていた」
「洋が初対面の人にそんなこと出来るとは思っていなかった」
「そうだよね。俺も不思議だった。綺麗な子だったんだよ、とても清楚な感じで」
「……洋の方が清楚で綺麗だ」
おいおいろくに顔も見ていないのに……本当に丈って奴は。
「それで、ちゃんと塗ったんだろうな」
「もちろん(日焼け止めじゃないけど)丈にも塗ってやるよ」
「あぁ頼む」
やっぱりそこか。不貞腐れている理由は……
本当に分かりやすい俺の恋人だ。
そんな所が、最近はとても可愛いと思っている。
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