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夏休み番外編『Let's go to the beach』12
「あっ、芽生くんが泣いている」
瑞樹くんは小さな子供の泣き声に誘われるように、サンシェードから外へと自然に出て行った。その後ろ姿が……まるで背中に羽が生えているような軽やかな足取りで、眩しかった。
大丈夫……君は守られているよ。
逝ってしまったご両親や弟さんが君をずっと守っている。だからきっと幸せになれる。
「へぇ……さっきの青年、眼の色が変わったな。きっと翠の話が良かったからだな。流石、俺の翠だ」
入れ替りに、流が僕に近づいて来た。
「はぁ……全く、お前は小さな子供相手にムキになって」
「あぁすまん。泣かすつもりはなかったのだが……翠に見せようと頑張ったんだ。でもよく考えたら翠は、ここにいたんだよな」
呆れつつも、僕に見せるために頑張ったとアピールする流は可愛いと思ったりもするわけで……
「全く……でも僕もお前のカッコいい所、見たかったよ」
懐いてくる弟のことが可愛くて、結局甘い言葉を囁いてしまった。
「本当か! じゃあ……さっきの続きを褒美にくれよ」
「ばっ馬鹿! 調子になるな。今回はそういうのはナシだ。兄弟の純粋な慰安旅行のはずだ」
「つれないことを言うんだな。俺、翠のためにがんばったのに……さっきからお預けくらっている俺のこの悶々とした気持ちは、一体どこに置けばいい? ずっと我慢するしかないのか」
口では謙虚なことを言いながら、流の手がさりげなくラッシュガードの裾から潜って来るので、もぞもぞと狭いシェード内で身を捩ることになってしまった。
「あっだ……ダメだよ。外に人がいるし」
「大丈夫だ。翠が静かにしていれば分からない。今頃、皆楽しそうに西瓜を食べているよ」
「西瓜……僕も……食べたい」
「翠は駄目だ。 翠が食べるのは俺だ」
結局サンシェードの目隠しを降ろし、一番奥に追い込まれ、唇をしっかり重ねられてしまった。
「あっ……んんっ」
流の唇からは西瓜の甘い味がした。
「ずるい……お前だけ食べたのか」
「翠にお裾分けしようと思ってな」
「……僕もちゃんと食べたい」
「ん? もっとか」
「あっ……駄目だって、んっ」
押し倒されるように唇をどんどん貪られ、息があがってしまう。
サンシェードの隙間からは、夏の熱風が砂と共に入り込んでくる。
葉山の海には何度か来たことはあるが、こんなに暑い夏を過ごすのは初めてだ。
****
「今日は色々とありがとうございました。西瓜も、ご馳走さまでした」
瑞樹くんがペコリと、丁寧にお辞儀をしてくれた。
そうか、もう帰ってしまうのか。彼は背中に西瓜を沢山食べた後に眠ってしまった芽生くんがおんぶしていた。
へぇ……可愛いな。お父さんもいるのに瑞樹くんにべったりなんだな。もしかしたらさっき俺が間違えてしまったように、芽生くんにとって瑞樹くんは、お母さんのように優しく甘えられる存在なのかもしれない。
このまま別れてしまうのが名残惜しくて、つい呼び止めてしまった。
「あの……よかったら……俺とまた会ってもらえますか」
うわっ自分で言っておきながら猛烈に恥ずかしい。なんかセンスないよな。これじゃまるで三流のデートの誘い文句みたいだ。案の定、瑞樹くんと滝沢さんと丈の驚いた声が返ってきた。
「え?」
「ええ?」
「えええ?」
いやいや……そんなに驚かなくても。
「あの、その……よかったら俺と友達になってくれないかな」
自分からこんなことを申し出るのは初めてだから、照れくさくなってしまう。ずっと昔、高校や大学の頃、皆が当たり前のようにしていたことなのに、俺だけが出来なかった事だから。
「あ……もちろんです。僕で良かったら。同じ水着だったのもご縁ですしね」
瑞樹くんが優しくニコっと微笑んでくれたので、途端に嬉しくなった。そうか、難しく考えなくてもいいのか。
「よかった!」
「洋、良かったな」
「うん、あの良かったら……季節が巡ったら……皆さんで北鎌倉に紅葉を見にいらしてください」
「紅葉。それはいいですね。僕の職業はフラワーデザイナーなので、季節の花を愛でるのが大好きです。宗吾さん、一緒にぜひ行きませんか」
「あぁ、瑞樹となら、どこに行っても楽しいだろう」
彼とは連絡先を交換して別れることになった。
ふらりと訪ねた葉山の海には、また一つ新しい出会いが待っていた。
****
洋の喜ぶ顔を見るのが生き甲斐だと思える程、私は洋に惚れ続けている。
そんな彼が今日は珍しく積極的だった。
友人か……物腰の柔らかな清楚な青年は、どうやら洋の心をとらえたようだった。
いろんなものを我慢して生きてきた君だから、君が友人を欲すれば、私も願うに決まっているよ。ぎこちない誘い方も初々しく、皆が微笑ましくその一部始終を見守った。
紅葉狩りか……
夏には夏の楽しみを。
秋には秋の楽しみをだな。
季節が巡るのも待ち遠しくなるよ。
洋が生きている。それだけで世界が色づいていく。
「丈、疲れたな。早く風呂に入りたい」
瑞樹くんたちを別れた後、日没まで砂浜でまったりと過ごし、部屋に戻るとすぐに洋は風呂に入りたがった。確かに一日海で過ごしたので、躰は塩でベトベトだ。私もシャワーは浴びたが、もっとすっきりしたい気分だった。
「いいよ」
「でも……この部屋のどこに風呂があるのか分からなくて……さっきから扉を開けても見当たらないんだよ」
「あぁ、この部屋に風呂はないよ」
「えっ、イマドキ? 」
「下の階に中浴場があるそうだ。そこに行くことになるがいいか」
「そうか……風呂がそこだけなら……しょうがないな。行くしかないな」
洋はあまり人前で肌を晒すのが好きではない。それは過去の辛い経験から来ていることなので十分理解している。だが今日は私と兄たちと一緒だから大丈夫だろう。洋の盾に皆、なってくれるしな。
私たちの会話を聞いていた流兄さんが、すかさず話に加わって来た。
「確かにすぐに風呂入りてぇな。俺たちも行くぞ。なぁ翠」
「そうだね。食事前にさっぱりしたいね」
というわけで男四人浴衣姿で、ぞろぞろ中浴場へと向かった。
ただ私と洋は少し神妙な面持ちになっていた。
願わくば他の宿泊客と重なりませんように……
洋の内股の薄い皮膚部分には……私がお盆休みに入ってから執拗につけた愛撫の跡が沢山あるから……他人風呂場で会うのは少々憚られるのだ。
奥深い位置なのでさっきは水着で隠れていたが……風呂場ではそうもいかないだろう。
「丈……俺……大丈夫かな」
洋も不安そうに聞いて来る。
「腰にタオルを巻いておけば大丈夫だろう」
「そうだね! そうするよ」
こういう時の洋は、幼子のように素直で可愛らしい。
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