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追憶の由比ヶ浜 11

「さぁ入ってくれ」 「お邪魔するよ」  完成したばかりの茶室に、翠を通した。 「邪魔なんかじゃない。翠のために作った。全部翠の好みに合わせた茶室だ」    茶室というのは名目で、ここは翠を抱くための部屋だが……そう告げたら、呆れられるだろうか。 「翠、壁の色を見てくれ」 「うん。何色だろう? なんというか……仄暗いのに、見ていると希望も感じるね」 「これは『寒暁《かんぎょう》』の色だ。冬の明け方を表現したんだ」 「そうか」 「それから天井と畳の色にも拘った」 「えっと、これにもお前流の色名があるのか」 「あぁ『結晶』だ」 天井も床も……俺に抱かれる翠が見つめる場所だから、特に拘ったのさ。 「結晶だ。俺たちの……努力の結晶、愛の結晶が降り注ぎ、満ちていく……上からも下からも」 「流……深いね、ありがとう」  翠の頬が朱に染まり、待ちきれない様子で、俺を抱きしめてくれた。  翠の方からは珍しいので、鼓動が早まった。 「もう……もう、……早く僕を抱いてくれ」 「翠……袈裟は重たいな。脱がしてくれよ。脱がしながら聞かせてくれないか。由比ヶ浜で追憶したのは何だ?」  今日あったことを話せる範囲でいいから、俺にも託してくれないか。 「話すよ……流、お前には、もう全部洗いざらい話すつもりだった」   翠が俺の袈裟に手をかけながら、静かにゆっくりと……話し出す。 「流……洋くんと行かせてくれてありがとう。お前の想い、丈の想い、伝わってきたよ。洋くんは僕の深い悲しみに共鳴してくれ、一緒に泣いてくれた。嬉しかった。分かってもらえて……僕は洋くんの涙に浄化されていくような心地だった。そして……洋くんが義理のお父さんにされたことは本当に惨い事だった。鬼畜の仕業だ……そしてアイツが僕にしたことも同じだった」  淡々と話していた翠の手が、カタカタと震え出す。 「翠、少し待て」  俺は蹴飛ばすように襖を開けて、急ぎ畳に布団を敷いた。  この先は、俺の胸の中で話せ!  俺を受け止めながら話せ! 「流……いつの間に布団なんて……持ち込んで」 「このために用意した」  呆気に取られる翠を横たわらせ、俺は袈裟をむしり取って裸になった。 「え……あ、あの……流、そんなに乱暴に袈裟を脱いではいけないよ」 「翠を俺の肌で温めたい」  少し兄モードに戻る翠を押しとどめ、俺の願いを告げる。 「あ……流、うん……温めてくれ」  翠に跨がると、翠も覚悟を決めたのか……自分の手でシャツのボタンを外し出した。  早く、早く……あぁ、もどかしくて溜まらない。  翠はシャツを脱いで、いつもなら……さりげなく隠す胸元の火傷痕を今日は晒してくれた。 「流……僕は、この傷痕をもう見たくない。消して……消し去って……欲しいんだ」  あぁ……なんてことだ!   やはりそこだったのか。  克哉、お前がしたことは最悪だ!  長い年月をかけ……翠が鍛錬を積んで鎮めた古傷を抉ってしまったのだ。   「あぁ、分かる……目に見える傷痕は辛いよな。ずっと……辛かったな。翠は今までよく頑張ったな」 「あ……うっ、ううう……ごめん。ごめんな。僕は素直になれなくて、この一言を言えなくて困っていた。今日、洋くんに言えたから、やっと素直になれたんだ」 「泣くな……泣くなよ。俺たちには優秀な外科医がついているじゃないか。最善の方法を丈と一緒に考えよう。翠……翠はもうひとりで頑張るな。我慢するな」  翠のズボンを下着ごと下げて、全裸にしていく。 「抱くぞ」 「う……っ、流、流に会いたくなって……こうして欲しくて……溜まらなかった!」  ここにいるのは、今は……兄ではない。  俺の懸想人、翠だ。  荒ぶる息を深く吐くことで散らし、翠のつま先から手の指まで優しく丁寧に撫で、唇でも愛撫した。 「翠の身体は……綺麗だ」 「流の身体は……逞しいよ」  翠はスッと身体の力を抜いて、全てを俺に晒してくれた。  真新しい和室、い草の匂いの上に、翠の香が混ざる。  俺はギシッと畳を踏み込み、翠の中に飛び込んだ。

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