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追憶の由比ヶ浜 42

「おばあさま、転ばないように気をつけて下さい。あ、あの……手を」 「まぁ、ようちゃんってば、優しいのね」  少し恥ずかしかったが、祖母の手を引いて由比ヶ浜の砂浜をゆっくりと歩いた。 「シーグラス、ないわね」 「葉山の海では沢山あったのですが……」 「そうなのね。でも、よーく見たらあるかもしれなくてよ」 「そうですね! 探してみましょう」  押しては引く波。  濡れそうで濡れないラインをシーグラスを探しながら歩いていると、可愛い足が視界に入った。幼い子のぷっくりとした裸足だ。 「ん?」 「おばあちゃん!」 「あら、秋くん!」 「白江さん、洋くん、こんにちは」  顔をあげると、春馬さんが立っていた。秋くんの手をしっかり握っている。  彼は精悍で爽やかなイクメンだと、改めて感心してしまった。 「やぁ洋くん、あれ以来だね。君、とてもいい笑顔になったね」 「春馬さん、その節は色々とご心配かけてすみません」 「うん、今の君には、いい風が吹いているな」 「あ……はい!」  確かに俺の周りには、今とてもいい風が吹いている。 「おばあちゃん、あげる」 「あら? まぁ、綺麗」 「ここ由比ヶ浜は桜貝が拾える名所ですから、沢山見つけられましたよ」 「そうなのね。朝も夕も……そう言えばよく拾ってきたわ」  桜貝は、桜の花びらのように可憐で美しい貝殻だった。 「でも……薄くて華奢だから、簡単に割れて、壊れてしまうのよね」  おばあさまの手にのせられた桜貝も半分欠けてしまった物だった。  まるで双子の片割れのよう。  おばあさまは、悲しげに海の向こう……遙か彼方の空を見つめていた。 「おばあ様、あの、今日はせっかくなので俺達も桜貝を探してみませんか」 「そうね。シーグラスもいいけれども、桜貝にしましょう。あの子を思い出すの。夕の可愛い爪の色、夕の淡い唇の色……夕の……」  俺達は潮風をゆったりと感じ、雄大な浜を見渡し、波打ち際をゆったりと歩いた。 「ようちゃん、ねぇ、砂が入るわ。靴を脱いでみない?」 「そうしましょう」  途中で靴を脱いだ。  素足に感じるのは、大地の熱。  生きているから感じられる熱が駆け上ってくる。 「あ……ようちゃん……」  祖母が突然俺の足下にしゃがみ込んだので、驚いた。 「ごめんなさいね。あなたの足の爪……見せて」 「?」 「まぁ……こんな所も似るのね」 「あの……母にですか」 「そうよ。夕の爪のカタチと同じね。ようちゃんは、夕の子供なのねぇ」  母と俺を重ねてくれる祖母が好きだ。俺を通して母を見るだけでなく、母の面影から、俺という存在を認めてくれる祖母が大好きだ。  その時、指先に何か固い物が触れた。 「あ……ここに桜貝が」 「まぁ、綺麗なカタチよ!」  祖母の手には、欠けていない2枚の合わせ貝がのっていた。  俺達の様子を覗き込んだ、春馬さんが教えてくれた。 「へぇ、洋くん、いいの見つけたね。二枚の合わせ貝は恋愛成就アイテムだよ」 「まぁ素敵ね。それはようちゃんが持って帰りなさい」 「でも……」 「私には秋くんがくれた物が沢山あるわ。欠けてはいるけれども、とても綺麗な色の桜貝ばかりよ」 「あの、おばあさま。もしよかったら、それを貸してもらますか。何かアクセサーに出来るかも」  流さんに相談すれば、絶対にアクセサリーに出来ると確信した。   「まぁ、いいの? 楽しみよ。じゃあそれが出来たら白金に遊びに来て頂戴」 「はい! ぜひ」   桜貝は幸せを呼ぶ貝、とても素敵なことを知った。 「そろそろ……私は春馬くんの車で帰るわね」 「はい! おばあさま、とても楽しい1日でした。ありがとうございます」 「私もよ、ようちゃん」  由比ヶ浜で祖母と別れ、俺はひとりになった。  しかし、少しも寂しくなかった。  俺には戻る家があり、逢いたい人達がいる。  それは、俺がこの世を生きていく理由になる。

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