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それぞれの想い 16

「焼きたてパンのいい香りがするな」 「着いたら洋館で食べよう」 「ん……」  ところが!  ぐぅぅ……  助手席でパンの包みを抱きしめると、腹が鳴った。 「わっ! 今の……聞かなかった事にしてくれ!」  夜中の運動量が半端なく、腹がペコペコだった。でも腹が鳴るなんて……水分補給のみで、まだお腹に何も入れていなかったからだぞ。  うううっ、恥ずかしい……。  色気より食い気に走るなんて、せっかくいいムードの早朝ドライブが台無しじゃないか。   「ははっ、洋、珍しいな。予定変更だ。先に海辺で食べよう」 由比ヶ浜の手前で丈が車を停めた。 「ここまで来たら、もうすぐそこなのに?」 「こういうことをしてみたかった。ワクワクすると同時に少し緊張しているようだ。だから少し気持ちを落ち着かせよう」 「分かった! じゃあ、このブランケットを引いて砂浜で食べるか」 「そうしよう」  まだ犬の散歩の人がたまに通る早朝だ。男二人でモーニングピクニックをしても、そう目立たないよな。 「いただきます! 俺の好きなクリームパン、まだほんのり暖かいな」 「いただきます。ふぅん……結構甘いな」 「丈は甘い物が嫌いなのか」 「いや、過剰摂取になりそうで控えている」 「はぁ?」(意味が分からない) 「昨夜も洋のをたっぷり頂戴したしな」(げっ……それって)  クリームパンのクリームがポトッと膝に落ちた。 「じょ、丈ー!!」  思わず丈の胸をドンドン叩いてしまった。  恥ずかしくて卒倒しそうだよ! 「よせって、暴れるな!」 「朝から卑猥なことを言うな。普通な、あれは苦いんだー! ドロッとしてまずいだろ」 「よ、洋! よせっ」  大声で叫んで、ハッとした。  俺、こんな朝っぱらから……何を叫んだ? 「うう……消えたいよ」 「ふっ、可愛いな」  丈が項垂れる俺の頭をよしよしと撫でてくれる。 「丈……俺やっぱり変な感じがするよ」 「何故だ?」 「だってこんなの……こんな日常は……あまりに普通過ぎて」 「馬鹿だな、これが、これからの私達のスタイルなのに」  丈が手を繋いでくれる。  潮風を浴びながら、俺に笑いかけてくれる。  俺にはもう父さんも母さんもいないけれども、一番近い所に丈がいてくれる。  丈が新しい家族を、俺にも分けてくれる。  お父さんもお母さん、翠兄さんも流兄さんも……丈の家族が俺のことを、手を広げて迎え入れてくれた。だから俺も頑張って自分のルーツを探り、自分の祖母と巡り会えた。  その祖母が新しい『縁』と『絆』をくれた。 「丈……」 「洋……」  丈が顔を近づけてくる。  もしかして……キスされる?  そう思って目をギュッと閉じると、顎を舐められた。 「!?」 「お子様みたいだぞ、クリームなんてつけて」 「あ、もう! 丈が驚かしたからだ」  ひらり――  丈が走り出す。 「え? おい? 待てよ」 「走ると、気持ちいいな」 「あ……うん!」  そのまま俺たち馬鹿みたいに海岸線を走った。  オフホワイトのブランケットが風にはためき、翼のように広がっていく。  浮上していく。

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