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託す想い、集う人 20

「ようちゃん、これを見て」  祖母が部屋の本棚から取り出してくれたのは、古いアルバムだった。  古いといっても豪華な作りで、白いシルクの生地で覆われ、沢山のレースとピンクのリボンがついていた。そして表紙には『To You《あなたへ》』と銀色で刺繍がされており……泣けた。 (洋へ―― 洋にも見て欲しくて)  そんな母の言葉が、天上から優しく降ってくるようだ。   「これはね、夕が赤ちゃんの時よ」 「……母さんの」  初めて触れる母さんの過去だった。  天使のような赤ちゃんが、白いベビーカーに並んでいる。一歳、二歳、三歳……アルバムの中で、赤ん坊は少女へと少しずつ成長していく。  双子の赤ん坊、同じ顔が並んでいても雰囲気が全く違っていた。  朝日のような力強い輝き  夕日のような癒やしの灯り 「夕はね……小さい時から身体が丈夫ではくて、風邪を引いては悪化させて……大変だったわ。でも……大人しくて内向的だったけれども優しくて美しい子で、私と一緒によく物語を読み、家で過ごすことが多かったの」  分かる。俺の記憶の中の母もそうだから。  母は物静かで身体が弱く、父さんが生きていた頃もよく寝込んでいた。  そんな時は、父さんが全部御飯を作ってくれたのだ。  あぁ、父さん……どうしてあなたの事を……今まで思い出せなかったのか。 「ねぇ……洋、こんなこと、あなたに聴くのは反則かしら? 夕は……その、」 「……はい、俺が話せることなら何…………」  但し義父以外のことならば……と言う言葉は呑み込んだ。そこは知らなくていい、話さなくてもいいことだ。最初に会った時、かいつまんで再婚した話はしたが、それ以上の話はこの先もしない。 「……あ、あのね……夕と浅岡さんとの結婚生活……洋は覚えているの?」 「はい、俺が七歳の時に亡くなってしまいましたが、おぼろげな記憶を最近よく思い出します」  祖母の瞳は潤んでいた。 「そうなのね……あ、あの子は……幸せだった? 浅岡さんとどんな風に暮らしていたの?」 「はい、父は母をお姫様のように大切にしていました。母が病で寝込むと、家事を全部引き受けて、野菜スープを作り、母の枕元に運び……」 …… 「夕、大丈夫か。無理はいけないよ」 「あなた、ごめんなさい」 「いいんだよ。俺のお姫様……さぁ、スープを作ったよ」 「わぁ、嬉しい」 「ほら、あーん」  母は少女のように父を見つめて、甘えていた。  父も……母を少女のように甘やかしていた。  子供心にもそれはとても優美な光景で、おとぎ話の世界のようだと思った。  扉の影から覗いていた俺を、母がすぐに見つけてくれ……呼んでくれる。 「私の洋、あなたのお顔も見せて」 「洋、こっちにおいで。洋にもパパが食べさせてやろう」  輝くように美しい両親が、手を広げて俺を呼んでくれる。 「パパ、ママ、大好き……洋も入れて」 ……  俺は本当に両親が好きで好きで溜まらなくて、二人の間に駆け込んだ。  その後……貧しくはなかったはずなのに、父は母にもっと楽をさせてあげようと、翻訳の仕事を増やし、出版社に出向くことも多くなっていった。 「ようちゃん、ありがとう。あの子……彼に大切にしてもらっていたのね。家族三人で仲良く幸せに暮らしていたのね」  その通り、途中までは……本当に幸せだった。 「おばあ様、父のこと……もう怒っていませんか」 「えぇ……こんなに可愛い孫を贈って下さったんですもの。もう全て過去のことよ」 「良かった。ありがとうございます」  祖母の優しい心に触れられて、ホッとした。  俺に流れる血を憎んで欲しくない……だから、嬉しかった。 「洋ちゃん、あなた……お父さんの素性も知りたいんじゃ」 「あ……何故それを」 「人はルーツを求めたくなるものよ。自分が何者か知りたくなるのは当然よ。私が生きているうちに伝えたいの、だから聞いてちょうだい」  祖母の申し出は意外なものだった。  謎に包まれていた、父方のルーツの鍵を渡してくれるというのか。  

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