1353 / 1585

身も心も 18

「流、こっちに来ておくれ」  目覚めた翠は、大胆になっていた。 「さっきみたいに僕に触れて……流を近くに感じたい」 「あぁ、我が儘だな」 「ふっ、駄目か」  目眩がするほどの甘い微笑み。  俺だけに見せてくれる翠の素顔に惚れ惚れする。  恭しく手の甲に口づけし、頬をゆっくりと撫でてやると、翠は気持ちよさそうに目を閉じた。 「いいね。流の愛が染み込んでくるよ……でも……まだ少し、眠たいよ」 「気にせず、眠れ」 「ん……ごめん。ホッとして……」  翠が再びうとうとし出したので、暫く見つめていた。  術後間もないのでまだ気怠げでぼんやりしていたが、それがまた色っぽくて困ってしまう。  不謹慎だ。これは……  気持ちを入れ替えようと廊下に出ると、シルバーグレイの紳士が立っていた。 「雪也さん!」 「流さんこんにちは。翠さんの手術、無事に終わったのですね」 「はい、成功しました」 「良かったです。病院の匂い……懐かしいです」  雪也さんは目を細めて、ぐるりと辺りを見渡した。 「僕は子供の頃、病院で過ごすことが多かったので」 「そうだったのですね」 「海里先生に救っていただきました」 「兄も海里先生に助けていただきました」 「いえ、助けたのはあなたの弟さんですよ」 「ありがとうございます……あの、弟っていいものですね。頼もしかったです」 「僕の亡くなった兄も、そんな風に思ってくれていたら良いのですが……僕は兄に甘えてばかりで」  そこに白衣の丈がやってきた。 「雪也さん! 大船まで、わざわざいらして下さったのですか。取りに伺ったのに」 「あ……丈さん、その白衣って……あの時の」 「えぇ、海里先生のものです。開業してからと思いましたが、一足先に。兄の手術には海里先生の力が必要でしたので」 「嬉しいです。あのこれ、テツさんが作った治療薬です」 「助かります。この配合は西洋医学ではなかなか難しい。兄の傷が落ち着いてきたら、塗るように指導します」 「ぜひ、桂人さんの背中、この塗り薬で本当に綺麗に治りましたから」 「ですね」  雪也さんから丈に受け継がれるのは、白薔薇の屋敷に伝わる秘薬。  きっと……翠の身体を元の白い肌に戻してくれるだろう。  二十歳からこの歳になるまで、ずっと翠が我慢して抱え続けた、アイツの悪意の塊はもう消え去った。丈の手によって闇に葬られたのだ。 「手術中、海里先生を近くに感じました。私が会ったのは数回でしたが、彼の気配を確かに」 「そうですか。海里先生に僕も会いたいです」 「雪也さんたちのことを、いつも近くで見守っていますよ」 「はい……僕もたまにふと感じます。庭に白薔薇が咲く日は、二人の気配が強く感じます」  丈と雪也さんの会話に、俺も過去に想いを馳せた。  湖翠を残してあの世に旅立った流水さん。彼も湖翠さんをあの世から見守り続けたに違いない。  人はひとりで生きていない。  人と人との間から産まれ、人と結びついて、人と重なって生きていくのが人間だ。  どんな人にも会いたい人がいて、もう会えない人がいる。  それは当然のことで、それが人の一生なのだろう。  かつての俺がそうだったように、切なる想いは不思議な力を生み出すのかもしれない。  翠が生まれたままの姿に戻った今。  俺は翠と深く結ばれ、重なって生きていくのだろう。  最愛の人と、人生を重ねられることの悦びを噛みしめよう、感謝しよう。 「丈さん、流さん……全ては感謝なんですね」 「雪也さん……その通りですね」 「はい、そうだと思います」  翠が目覚めたら、感謝から始めよう。  当たり前のことを当たり前と思わずに……  日々、感謝の積み重ね。  そうやって生きていこう。 

ともだちにシェアしよう!