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身も心も 26

 目覚めると、視界一面、白い世界だった。  どこまでも清らかな世界に、僕は思わず目を細めた。  昨日手術したばかりの心臓下の傷は、麻酔が切れてきたせいでズキズキと痛むが、傷を植え付けられた時の屈辱、恥辱を思えば……充分耐えられるものだった。 「張矢さん、検温です」 「あ、はい」 「あの、シャワーは明日の夕方から入れますが、よろしければ……私が清拭《せいしき》致しますが」  清拭とは、ケガや病気で介護が必要な状態になり入浴が難しい場合に、蒸しタオルなどで体を拭く行為だ。 「い、いえ……あの蒸しタオルを貸していただければ自分で出来ますので」 「……そうですか。では後でお持ちしますね」 「ありがとうございます。面会時間になったらで大丈夫です。家族に手伝ってもらいますので」 「あぁ弟さんでしたっけ? 兄弟仲が宜しいんですね」 「えぇ、まぁ」  看護師さんは前回の検査入院でお世話になった人なのだろう。 「張矢……翠さんって、あの張矢先生のお兄様なんですよね?」 「えぇ、長兄です」 「少し、似ていますよね」  意外だな。丈と似ていると言われるのは、初めてかもしれない。  僕は目の色素が薄く、明るい瞳で……髪色も明るく、肌は色白で細身だ。  一方、丈と流はどちらかと言えば色黒で黒髪に黒い瞳を持っているし、ガタイもいい。  どうして……僕だけ?  密かに……劣等感や疎外感を抱いたこともあったな。  僕も案外弱い人間のようだ。そのことを忘れていた。 「そうでしょうか、あのどんな所がでしょうか」 「ふふっ、そうですねぇ、ツンと澄ました所と穏やかな眼差しが似ています~ って、きゃぁ♡ 私ってば何を言って?」 「……そこが丈のいいところなんです。ありがとうございます」 「流石お兄様ですね。ドンと構えていらっしゃいます」 「そうかな?」 「すみません……傷が痛むでしょうに、とても晴れやかな表情をされているので、つい」  若い看護師の女性は恐縮していたが、嬉しい言葉だった。  やがて15時になると、流がすっ飛んで来た。 「翠! 寂しくなかったか」 「大丈夫だよ」 「翠、何か食べたいものがあるか」 「ないよ」 「翠、傷は痛むか」 「流、ちょっと……少し落ち着いて」  僕はこんなに元気なのに、流はオロオロしていた。 「悪い……月影寺に兄さんの姿が見えないのって、落ち着かなくてな」 「迷惑かけているね」 「そんなことない。こっちは気にすんな。父さんも母さんも張り切っているよ」 「そうか、良かったよ。そうだ流……頼みたいことがあるんだけど」  流が目をパァッと輝かせる。  お前は幼い頃から変わらないね。 「なんなりと!」 「蒸しタオルを看護師さんにもらって来てくれないか」 「お安いご用さ。そんで何を……あっ」  そのまま流が固まった。 「翠……もしかして俺がシテいいのか」  流が今にも鼻血を出しそうな勢いで、前のめりで聞いてくるので苦笑してしまった。 「その言い方、ここが個室で良かったよ。あぁ、身体を清めたい。手伝っておくれ」            

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