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花を咲かせる風 9

「へぇ、春休みに洋さんと丈さんは、京都に行くの?」 「うん、そうなんだ」 「いいな」  薙が洋くんたちの話を聞いて、羨ましそうな顔をした。 「父さん、オレたちも旅行に行かない? って……そんなわけにいかないよね」 「あ……春休みはお彼岸もあって寺の方が……」 「分かってるって」  驚いた。薙がそんなことを言い出すなんて思わなかった。  薙と旅行を最後にしたのはいつだろう?  離婚してからは一度もない。三歳頃に彩乃さんの強い希望で、軽井沢やゆめの国に泊まりがけで行ったことがあったが覚えているだろうか。  物心ついてから家族旅行をしたことがない。  子供はどんどん大きくなってしまう。親と旅行をしてくれるのは限られた時期だけなのに……勿体ない。 「父さん、冗談だよ。そんなに真面目に考えないでいいよ。オレさ……今で十分……幸せだよ」 「薙……」  薙が食卓に並ぶ流お手製の寿司や唐揚げなどのご馳走を見つめて、うっすら目元を染めた。   「……だって……ずっと……ひとりだったんだ。小学校の卒業も中学の入学も……母さんは式には来てくれても……すぐに仕事に行ってしまって……帰っても一人でさみしかった」  薙の目に透明な涙が滲むのが分かり、思わず駆け寄って抱きしめてあげた。 「薙……ごめん。僕は……本当にひとりよがりだった。息子に寂しい思いをさせてしまった」 「父さん……そんなことない。父さんだって大変だったんだ。それに今日、こんなお祝い会を開いてくれているじゃないか」 「薙、薙は僕の大切な息子だから当たり前だよ」 「ちょっと父さん……大丈夫だって。ちょっと嬉しくて柄になく浸っただけだよ。あーもう、父さんは泣き虫なんだな」  薙がティッシュを差し出してくれたので、ぽかんとしてしまった。 「あ……あれ? なんだか僕の方が……子供みたい?」  周囲を見渡すと、温かい微笑みに囲まれていた。 「ははっ、兄さん、さぁもう泣き止んでくれよ」 「翠さん、笑って下さい」 「翠兄さん、大丈夫ですよ」 「父さんらしいや」  流……洋くん、丈……薙。  みんな僕の家族だ。  大切な家族だ。 「あ……ありがとう。皆の寛大な心に……僕は許されている」 「あーもう、父さんはいつも大袈裟だな。そうだ春休みに二人で日帰り旅行に出掛けない?」 「薙……うん、そうしよう! 一緒に行こう!」 「父さんとの思い出を積み重ねていきたくなったよ」 「薙……」    薙はスッと深呼吸して、中学の卒業証書を皆に見せた。 「オレ、今日中学を無事に卒業しました。父さん……流さん、丈さん、洋さん、これからもよろしくお願いします。月影寺のメンバーに入れて下さい」  照れ臭い顔でペコッと頭を下げる息子の様子に、感無量だ。 「薙はもうとっくに一員だよ」 「そうだよ」 「その通りだ」 「薙……ありがとう」  ここに来た当初は、一刻も早く大人になって飛び出したい様子だったのに……そんな風に言ってくれるなんて、本当にありがとう。  

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