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花を咲かせる風 30

「父さん、大丈夫? 洋さんに何かあった?」 「薙、ありがとう。後は丈に任せよう」 「それでいいの? 父さんが行かなくていいの?」 「大丈夫だよ。さぁ、そろそろ湯豆腐を食べに行こう」 「父さん……本当にいいの?」  薙が何度も念を押してくる。どうやら自分を優先してもらえるのが信じられないようだ。これには……反省だな。 「当たり前だよ」 「やった! 修学旅行で前を通った時、食べて見たかったんだけど……高くてさ。あの店に入っていい?」 「くすっ、それで父さんに?」 「ありがと!」  買ってあげた柴犬のぬいぐるみを抱えた薙が笑えば、心がポカポカになる。    東京の高層マンションで彩乃さんと三人で暮らしていた時、幼い薙を抱きしめながら、窓の外をいつも眺めていた。薙は僕にとって故郷の日溜まりのような存在だった。  今は……薙を大切にしたいんだ。  心と距離がずっと離れていた分も……  それに夕凪との邂逅は、この先は……洋くん自信の手で切り開くものだろう。だから……僕は少し離れた所から見守ることにするよ。 「父さん、世の中って不思議なことばかりだね」 「そうだね」 「よく考えたら、オレと父さんが親子なのって、すごい縁なんだね」 「薙からそんな言葉を聞く日が来るなんて感慨深いよ」 「最近強く想うんだ。京都に来てますますかな。あのね、オレ、父さんの子供に生まれて良かった」  薙の言葉は不安を薙ぎ払うパワーが宿っている。 「そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだ……薙……仏教には『一切法は因縁生なり』という言葉があるんだよ。すべてのものは原因があって生じ、すべての結果には必ず原因があるという意味なんだけど……」  あ……もしかしたら……京都で邂逅したのが夕凪だけでなかったのには理由があるのでは? まこくんという青年と洋くんには、もしかしたら因縁があるのかもしれない。  薙と話ながら、ふと……そんなことを考えていた。   「父さん~ 仏教の話は空腹時には難しいよ」 「ごめんごめん。あ、そろそろ湯豆腐が煮立って来たよ」 「旨そう~! でもこれだけで足りるかな?」 「すぐに甘味屋さんにも行こう」 「やった!」  食べ慣れた湯豆腐だが、薙と向き合って食べるのは格別だった。 「薙……でもね……これだけは知っておいて欲しい。この先は自分で変えられる自分の行いが大事だ。それによって薙の未来はいくらでも変えられる」 「うん、分かった。自分の行い次第っていいね」    薙との縁を大切に、この先もよりよい関係でいられるように、僕も変わっていくよ。本当の自分を、もっともっと薙には見せよう。 **** 「おお、お帰り。収穫はあったか」  風光寺に戻ると、すぐに道昭さんが出迎えてくれた。 「あの……学校が分かりました」 「どこだ?」 「月西館《げっせいかん》高等学校です。ご存じですか」 「そうか……府立高校ばかり考えていたが……私立だったのか。確か嵯峨野にある高校だったような」 「翠さんからアドバイスを受けたのですがお願いがあります」 「なんだ? 俺で役立つことがあれば協力するよ」 「実はこの学校は、こちらのお寺と宗派が同じなので、俺と丈が直接行って、過去の卒業生のアルバムや名簿を見られるか……学校に問い合わせていただけないでしょうか」 「成程……力になれるか分からないが、聞いてみるよ」 「頼みます」  しっかり頭を下げて、祈った。  一歩一歩近づいて行く。  まだ何に巡り逢うのか定かではないが、呼ばれている。  誰かの切なる願いが、聞こえてくる。 「どうか……どうか……俺に力を――」   ***  ここは、宇治の里。  恋人の信二郎は、ここ1週間ほど……仕事で祇園に行ったきりだ。  律矢さんが一昨日様子を見に来てくれたが、すぐに帰ってしまった。  いよいよ寂しさが募り、小さな中庭で鷺草を眺めて溜め息をつくと、背後から声がした。  振り向けば……喪服姿の信二郎が立っていた。   「夕凪、悪かった」 「信二郎、どうした? 連絡もせずに1週間も戻って来ないなんて……酷いじゃないか。それにその格好は……」 「……すまない……看取ってきたんだ」 「……え、誰を? 誰か……親しい人が亡くなったのか」 「実は……夕凪と結ばれる間に……私は祇園で遊び惚けていて、その時遊郭の女との間に子を授かっていたんだ。私自身も……最近まで知らなかったが」      青天の霹靂だった。 「……信二郎の子なのか……」  まさか、俺にはどんなに望んでもやって来ない……信二郎の子供が存在するなんて。  憎しみと愛しさ。  どちらが先に立つのか、分からなかった。  だが……純粋に……その子に会ってみたいと思った。 「夕凪に頼みがある」 「……何を望む?」 「私以外に身寄りのない、まだ三歳になったばかりの男の子なんだ。どうか暫くでいいから、ここで面倒をみてやってくれないか」 「……俺は子育てなんてしたことないよ」 「私もだ……誰でも最初から親じゃない」 「だが……」 「夕凪しかいないんだ。頼むあてがないんだ。見殺しには出来ない……このままでは遊郭に引き取られては……将来は男娼になるしか道がない……」  そんな……3歳の子供にそんな過酷な運命を背負わすことなんて、俺には出来ない。   「……分かった。早く連れて来るといい。俺も手伝うよ」 「ありがとう……すまない。夕凪を裏切るようなことをして」 「俺と出会う前のことだ。子供に罪はない……その子……信二郎に似ているのか」 「あぁ、私の小さい頃によく似ていると思う」 「そうか」 ****  道昭さんを待つ間、耳を澄ませば……夕凪と信二郎という男との会話が聞こえて来た。  夢か現か……分からないが、これで、まこくんの素性が明らかになった。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 連日ドキドキ展開ですね。 このような感じで『夕凪の空、京の香り』と、どんどん重なっていきます。 『夕凪の空、京の香り』の後日談としてもお楽しみいただけると思います。 頑張って書いていきます!  

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