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翠雨の後 21
「流さん すげー! さっきと同じものとは思えないよ。これっ何て言う料理?」
「イタリアン料理のラビオリだ。小麦粉を練って薄くのばした生地の間に、挽き肉と野菜のみじん切りを入れて包んだパスタさ」
「パスタ! えぇ? これってパスタだったの?」
薙が信じられないといった顔をすれば、翠も同じ表情を浮かべる。
よく似た美しい顔に見蕩れそうになり、慌てて首を横に振った。
「おいおい、そういう所は似なくていいからっ」
「参ったな……餃子の皮だと信じて疑わなかったのに、パスタ?」
翠が恥ずかしそうに呟く。
そもそも翠は餃子を作ったことないだろうと突っ込みたくなるが、そこは兄を立てて我慢した。
ガーリックとオリーブオイル、トマトの缶詰、数種類のハーブでグツグツ煮込んだ餃子……じゃなくて、ラビオリはなかなか美味しそうだった。
「味はどうだ?」
「うん、ちゃんとイタリアンになっている。しかも美味しいよ」
「うんうん、鯵がいい仕事しているよ。お代わり」
「薙はよく食うな」
「育ち盛りだからね、身長、もう少し欲しいんだ」
「どの位?」
「父さんは抜かさないと」
薙の声に、グッと力が入った。
俺も翠もそんな薙の意気込みが可愛くて微笑んだ。
「……父さんを守れるように大きくなりたいからね」
そして泣いた。
「薙……」
「薙がそんなこと言ってくれるなんて」
二人が上手くいってなかった時期を嫌というほど見てきたから、この一言にどんなに翠の心が潤ったことか。
パパッ子だった薙は、離婚後、置き去りにされたことに傷つき、月に1度の面会日には悉く翠を無視したり冷たい態度を取るようになってしまった。
見かねた俺は必死に仲裁に入ったが、上手くはいかなかった。
辛うじて年に数回会うだけの関係を10年近く続けていた。
心は離れていくのに、成長すればする程、薙は翠によく似てきた。
薙の笑顔を見たい。
翠の笑顔も見たい。
翠と薙が仲良さそうに暮らす光景が見たい。
俺の切なる願いは、叶った。
しかも親子の輪の中に、俺まで入っている。
「最高の結末だな、翠」
「終わりじゃないよ、流。僕たちに間に終わりはない。ようやく綻びていた円が繋がったんだ」
翠が文箱を取り出し、和紙に図形の丸を一筆ですっと描いた。
「流、薙、聞いておくれ。これは『円窓』と言って『己の心をうつす窓』だ。僕たちは仏様のご縁によって、この円の中に入った。始まりも終わりもない円は、仏教が教える捕らわれのない心、執着から解放された心を表わしている。だから……これからは互いが互いを支え合って、この円(縁)を循環していこう」
父の顔、兄の顔、恋人の顔を超えて、住職としての翠が柔和に微笑んでいた。
「いいことを言うな。翠はやっぱり月影寺の住職だ」
「あ、ごめん、僕はつい」
翠が我に返って恥じ入ると、薙がフォローに回る。
「父さんってさぁ、昔から仏様を推しているもんな。まぁ推し活は大事だよ」
「お……推し活? って……」
翠はキョトンとし、俺は抱腹した。
「薙はその楚々とした顔で、厳かな雰囲気を壊す名人だ!」
いつか破天荒な坊さんになるかもな。
この俺みたいに。
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