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翠雨の後 36
クラス分けの掲示を見ようと人混みの方へ歩き出すと、手を取り合って跳び跳ねる女子がドンっとぶつかってきた。
痛いな! 薙ぎ倒されるかと思ったぞ。
「あ! ごめんなさい!」
「……」
いや、駄目だ。ここはさらっと流すべきだと横目でチラッと見ると、周囲がざわめき出した。
「きゃ、きゃー! あれ、誰?」
え? オレ、今、何かしたか。
首を傾げながら歩きだすと、目の前の道がサーッと開かれていく。
おいおい、オレ、番長みたいだ!(ってこれ、死語だよな。どうも寺で暮らしているとじーさん、ばーさんの相手が多くなるから気をつけないと。これじゃオレまでじーさんになっちまうな)
掲示板を目で追うと、なかなか見つからなくて焦った。
「あ、そうか……」
オレはもう森じゃないんだ。
『張矢 薙』で探すと、すぐにA組に名前を見つけた。
『張矢』って苗字、カッコいいな!
すると真横に立っていた男子が、同じことをボソッと呟いた。
「ふーん『はりや』って、えらくカッコいい苗字だな。一体誰だ?」
その声に嫌味はなかった。
純粋に憧れているように聞こえたので、思わず応じてしまった。
「あ……それ、オレだけど?」
横を見ると(正確には見上げると)凜々しい眉毛の大人びた顔の男子が立っていて、すぐに次の質問を浴びた。
「へぇ、見慣れない顔だな。どこの中学、出身?」
「……雪の下中だけど」
「オレは鵠沼中から来た羽田《はだ》竜一だ。よろしくな」
「りゅういち?」
リュウという響きはイヤじゃない。
むしろ馴染み深く、好きだ。
「漢字で書くとドラゴンの竜だ。どうだ? 勢いがある名前だろ?」
「ははっ確かに。今にも飛び立ちそうだな」
「張矢は難しい漢字だな。これって『ナギ』と読むのか」
「あぁ、そうだよ。よろしくな。竜一は何組?」
しっかりしているのに豪快な雰囲気で、中学でオレの周りにはいなかったタイプだ。
仲良くなれそうだと思ったのは、直感だ。
だから、いきなり呼び捨てにした。
オレはまどろっこしいのは苦手だから。
こういう所、性格が流さんに似てると言われる理由なのかも!
物心ついた時から流さんは、オレの傍にいてくれた。だから影響も大きかった。何でもどんどん決めて進んでいく姿がカッコいいと憧れていた。
「俺もA組だから薙と一緒だ」
「同じクラスか! よろしくな」
オレたちは意気投合し、一緒に歩きだした。
「雪の下中には知り合いはいない」
「オレも鵠沼中には知り合いいない」
「やっぱり気が合うな」
そこに雪の下中からやってきた元クラスメイトが駆け寄ってきた。
「薙、おはよう!」
「よう! お前は何組?」
「C組」
今度は竜一の所に、わらわらと人集りが出来る。
「竜一、おはよう」
「おお! 何組だった?」
「C組だった」
「お、じゃあ薙の友だちと同じだな」
「薙って誰?」
「オレ!」
「わ! これは女子が騒ぎそうなイケメンだな」
「さぁどうかな? コイツ結構ガサツだよ」
「ははっ、当たり!」
なんとなく賑やかな輪が出来てくる。
ふっと父さんの方を見ると、目を細めて見守ってくれていた。
目が合うとコクンと頷いて、静かに促してくれる。
(薙、安心して皆と行くといい。何かあったら父さんも流もいるから、怯むことなく歩み出しておくれ)
父さんの心強い声が聞こえた。
小さい頃、いつもこんな風に大らかに見守ってくれる父さんの瞳が大好きだった。穏やかで静かな父さんだけど、懐が広くて頼り甲斐があることを知っているよ。
父さんみたいに慈悲深く穏やかで、流さんみたいに逞しく生きてみたい。
この高校でどう過ごすか、それはオレ次第だ。
小学校も中学も母さんと暮らしている時は、どこか生きて行くことに投げやりだった。
だからこそ、今度こそ、しっかり謳歌するよ。
由比ヶ浜高校。
流さんが築いた伝説を覆してみたい!
なんて言ったら父さんは驚くか。
流さんは応援してくれるか。
「薙、どうした? 行こうぜ」
「あぁ、今行く!」
もう一度振り返ると、白い校舎に朝日が当たって輝いて見えた。
その中に佇む父さんと流さんは、最高にカッコよかった。
オレの自慢の二人だ。
オレは二人の子だ。
そのつもりだから、よろしく!
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