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雲外蒼天 10

「張矢先生、オペお疲れ様でした。難しい内容だったのにお見事でした」 「……ありがとう。一旦シャワーを浴びてくる」  手術着を脱いで、熱いシャワーを頭から浴びた。 「ふぅ」  手術が終わったからといって気は抜けない。何故なら手術は患者さんにとって長い治療の始まりだから。しかしオペ中の一瞬たりとも気が抜けない状態から解放されると、やはり私も人間なので少し安堵する。  この後も患者さんの容体に変化がないか見守る必要があるので、気を引き締めて行かないと。  ふと見ると、ロッカーに入れておいたスマホが着信を知らせていた。  仕事中はプライベートな用件では、スマホは弄らない。  もちろん緊急事態は別だが。  だが誘惑に負けてしまうこともある。  これは洋からのメールだ。  私も所詮人の子だと苦笑しながら、愛しい人から珍しく日中届いたメールを開いてしまった。 「うっ……」  なんだ、この美しさは!  なんだ、この姿は!  洋は何もしなくても類い希な美貌の持ち主だが、こんな風に淡いメイクで可憐に色づき、ピンク色のワンピースで華やぐのは、反則だぞ。 「これは……参ったな」  水滴の残る身体をバスタオルで拭きながら、足元を見つめると下半身にダイレクトに響いていた。  節操もない。  ただでさえオペで興奮した状態なのに、これはまずい。  ここには他の人も来るのに。  案の定、他のチームの医師のオペが終わったらしく、大勢の足音が聞こえてきた。  まずい!  私は気合いでクールダウンをし、その場を脱した。 「張矢先生、お疲れ様です。そんなに急いでどちらへ?」 「あぁ、ちょっとやることがあってな」  自分に与えられた個室に駆け込み、思わず洋に電話をかけてしまった。 「洋、一体あの写真は何事だ?」 「え? 丈……今日はオペじゃ? まさか仕事中なのにあれを見ちゃったのか」 「……我慢出来なかった。どうした? あの姿は」  正直に告げるしかなかった。 「そうか、勢い余って変なタイミングで送って悪かったな。実は月影寺におばあさまがいらして、今から由比ヶ浜の洋館に遊びに行くんだ。ほら……涼はまだ人目に触れたらまずいから一緒に変装したんだ。変だったか」  おいおい、これを変装と呼んでいいのか。  だが、女装という言葉もしっくりこない。  洋は性別を超えた異次元の美しさを振りまいている。 「最高だった。だが……洋、頼むから人目に触れないようにしてくれ」  これは、つまらない男の嫉妬だ。  だがどうしてもそうして欲しかった。  こんなに美しい男を他の誰にも見せたくない。 「ん? せっかく変装したのに人目に触れたらいけないのか。だが、そうしよう。丈が安心できるように」 「是非そうしてくれ!」  必死な声を出すと、洋が明るく笑う。 「ははっ、どうした? らしくないぞ。丈はクールな医師だろう?」 「そのつもりだった」 「だが動揺した丈は、案外可愛いな」 「……動揺などしてない」 「丈、午後も仕事頑張ってくれ。なぁ……」 「なんだ?」  最近の洋は少し悪戯っ子だ。 「このままの姿でいようか。お前が帰ってくるまで」 「是非!」  しまった。声を大にしてしまった。 「了解だ。あ、おばあさまが呼んでいる。行ってくるよ」 「洋……夜は覚悟しておけよ」 「ふっ、俺もそのつもりだ」  洋は私の手の中にいる。  洋を失うのが怖いのは、前世からの記憶のせいだ。  だから私達はもう二度とはぐれないように、いつも絡みあっている。    

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