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天つ風 26

 午後の応援合戦が始まった。  再び僕の学ランに身を包んだ薙が颯爽とグラウンドに姿を現した。  そして空に向かって上体を反らし、大きな動作でエールを切る。  いつの間に、そんな男らしい色気を醸し出し始めたのか。  父親の僕が見ても、グッとくるよ。  薙は……凜々しくて雄々しくてカッコいい! 「キャー! あの子誰?」 「薙くん、かっこいいー」 「伝説のRって、あんな感じだったのかな。キャー!」  黄色い歓声を跳ね飛ばし、薙の声は天まで駆け上がり、天上の人を喜ばせる。  流水さんが湖翠さんの身体に残した『愛の種』は今、ここにある。  僕の子供として、薙はこの世に生を受けた。  そして僕と流が心から結ばれて、僕たちの子になった。  薙もそれを受け入れてくれている。  どうですか、僕たちが描く未来はどうですか――  (去りがたい)  流水さんの嘆きは、もう聞こえない。  (逢いたい)  湖翠さんの悲しい願いも、もう届かない。  二人は今頃、雲の上で仲睦まじく暮らしているだろう。  そして、この世で僕は幸せを噛みしめている。  息子の活躍を、流と並んで見られることが嬉しかった。 「流、今の聞いたか。立派なエールだったな。今度は僕たちではなく空に向けて放っていた。湖翠さんと流水さんに届くように」 「だが、……薙は過去の俺たちを知らないのに?」 「あの子は薄々感じているのだろう。自分の身に流れる血脈を……」 「そうだな、俺たちの想いが時を超えたように、薙の命も時を超えてやってきたのかもな」 「うん、薙は……元々、僕の腹に宿っていたような……不思議な気持ちだ」 「……そ、そうか」  流は隣で赤面していたが、僕はそっと自分の腹に手を当ててみた。  何を馬鹿なことを――  とは思うが、夕凪の時代に湖翠さんはたった一度の逢瀬を忘れられず、生涯密かに流水さんを想ったことを考えれば、あり得る話しだ。  いずれにせよ、僕が彩乃さんと結婚しなければ、彩乃さんがいなければ薙には逢えなかった。  こうやって流とこの場に立てなかった。 「流……最初から答えが分かっていれば、あんなに悩まないで済んだのに。ここまで沢山苦しめて、ごめんな」  過去の不義理を詫びたくなった。  あんに湖翠さんが待ち望んだ流水さんの生まれ変わりが目の前にいたのに、僕は守ることで精一杯で、一歩踏み出すことが出来なかった。  一歩道を踏み出せば、踏み外すと思っていた。 「いいや……翠、それは違う。今、俺たちがここに立っているのは、俺たちが作った道なんだ。俺たちの人生は俺たちで切り開いてきたものだ。安易な答えなんて、最初から存在しなかった。悩み、傷つき、苦しみ、もがいて、もがいてようやく辿り着いた場所なのさ」  流の力強い言葉も、大空を駆け上がる。  士気を鼓舞するように、応援団の声が響く中、僕は空を見上げて微笑んだ。    彼等の笑顔が見えるような見事な青空だった。 「そうだったな。僕たち遠回りしたかもしれないけれども、最高の状態で繋がれた」 「あぁ、だから今だった」    

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