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中秋の名月 番外編SS 『君に酔いたい』
前置き……
ここまでfujossyさんで重なる月を読んで下さってありがとうございます。
志生帆 海です。
『重なる月』は昨日の話で休載となります。
連載再開まで少し時間がかかりそうなので、番外編をどうぞ。
やはり恒例の月影寺のお月見の様子を書きたくなりました。
過ぎてしまいましたが、『中秋の名月』によせてのSSです。
ちなみに、これは『天つ風』の1年後、ちょうど『幸せな存在』の『秋陽の中』と同じ時系列です。
また現在エブリスタにて定期更新中の完全版『忍ぶれど…』では、翠が月影寺に戻ってからの日々を書き下ろしています。流と翠の歴史を知る『重なる月』の外伝ですので、よかったらどうぞ。翠と流ファンには必見の逸話がいろいろ。このSSともリンクしています。
他サイトで申し訳ないですが……
『忍ぶれど』https://estar.jp/novels/26116829
翠が月影寺に戻ってきてからの日々、書き下ろしはこちらから→https://estar.jp/novels/26116829/viewer?page=120
では本文です。
中秋の名月 番外編SS 『君に酔いたい』
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秋分の日を過ぎると涼風が吹き、夏から秋へと季節が移ろう。
過ぎ去っていく夏に、少しだけ郷愁を誘われる。
今年は梅雨が短く、夏が長かった。
そのせいか、夏の思い出が色濃く残っている。
お盆に月影寺に一同が集まり、肝試し、流し素麺、ナイトピクニックと沢山の共通の思い出を作れた。
皆の寛いだ笑顔が脳裏に焼き付いている。
男同士で愛し合うことは、残念ながらまだ今の世の中では一般的ではない。
まして僕と流は掟を破った身上なので、あの世まで持って行かねばなぬ秘密と共に生きている。
でも、それでは……長い人生、息が詰まってしまう。
好きになった人が、たまたま同性だった。
しかも実の弟だった。
そんな言葉では片付けられないのは、重々承知だが。
僕らの相思相愛の歴史は深く強く、そして長い。
輪廻転生を経て、敢えて再び同性で兄弟として生まれてきた意味は、月影寺で今度こそ幸せになりたいという強い遺志があったから。
だから僕は今日も月影寺に結界を張る。
この中では、好きな人に素直に好きと言いたい。
限られた世界だが、自由に素直になれる世界を得たくて。
浴室内の照明は消してもらった。
月を静かに愛でたいから――
中庭に面して硝子張りの浴室からは、夜空も見渡せる。
いつもなら美しい月が見えるのに、今宵は雲が多く生憎の空模様だ。
ただ雲脚が速いので、時折雲の谷間に隠しきれない目映い光が見え隠れしている。
光を待つのも悪くはない。
気まぐれに届く月明かりを頼りに湯船に浸かっていると、扉の向こうに人の気配がした。
「流か、どうした?」
「翠、小森は旅行に行っていないし、薙も久しぶりに拓人くんの所に泊まりに行ったから、静かな夜だな」
「そうだね、丈と洋くんも今頃、離れで仲良く月を眺めているだろう。それにしても……流、いつまでもそんな所に突っ立っていないで、中にお入りよ」
「いいのか」
「もちろんだ。僕はあの日から衣食住を流に委ねているのだから、いつも流と一緒だ」
促すと、流は嬉しそうにホイホイと作務衣を脱ぎ散らかして、あっという間に裸になってしまった。
ゆらりと大きな影が動く。
ドキッとする。
何度も何度も、その身体に抱かれた。
もう今更なのに……まだ正気のうちに、弟の逞しい裸を目の当たりにするのは気恥ずかしく感じる。
「翠、照れているのか」
「流は恥ずかしくないのか」
「恥ずかしがる必要が? お互いにもう隠すものは何もないというのに」
「うん……確かに、僕の心はもう流に奪われている」
「翠、そう煽るな」
ザブンと勢いよく流が湯船に飛び込んで、あっという間に僕は流の膝の上に乗せられてしまった。
「この姿勢はちょっと……恥ずかしいよ」
「んなことない。ずっとこうしたかった」
「ずるい台詞だ」
「どうとでも!」
流の大きな手が僕の腰と胸に触れ、下から上へ大きく揉み込まれて、ゾクゾクする。
「あっ……んっ、駄目だ」
バランスを崩し、流の胸に背中を大きく預ける姿勢になってしまった。
「大人しく、お月見をしてくれ」
「ふふん、そうしよう」
流と共に、窓の外を月を仰ぎ見た。
「……月が忙しなく出たり入ったりしているな」
「……閨《ねや》での流みたいだ」
「おっ、おいおい、せっかくいいムードだったのに、なんちゅうことを」
「ふっ、瑞樹くんが宗吾さんに洗脳されてお気の毒だと思っていたが、僕も人のことを言えないようだね」
お酒を飲んだわけでもないのに、既にほろ酔い気分だ。
「翠、上機嫌だな」
「流を飲んだみたいだ」
「お、おい……また、なんちゅうことを」
「さぁ、このままでは逆上せてしまうよ。もうここから連れ出しておくれ」
「今宵の翠は、大胆だ」
ゴクリと流の喉仏が上下した。
「僕だって……たまには酔いたい夜もあるよ……」
「ならば月見台で一杯どうだ?」
「いいね、でも月は見えないかもしれないよ?」
「それでいい。月が見えなくとも翠がいる」
「うん、僕には流がいる」
きっと……僕らは月見台で一つになろうだろう。
今宵は流に酔いたい気分だから。
心のままに素直な気持ちで……
流にこの身を委ねたい。
月見台に用意されていたのは、コロンコロンと風に揺れる丸いグラス。
満月と三日月が描かれている。
「これも流が作ったのか」
「絵付けした」
「いいね、月はいい、姿を変えても戻ってくるから」
涼風と共に折れそうな程きつく抱きしめられる。
「ずっと傍にいる」
「それは僕の台詞だ」
互いに酔いしれよう。
何もかもさらけ出して、自然の中で抱かれたい。
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