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<夜更けの男前>

「どうした?」  トイレに起きた飯塚がベランダに居る俺に言った。飯塚と同じようにさっきトイレに起きて、ちょっと眺めた空が綺麗だったからベランダに出て本格的に鑑賞していただけだ。 「どうもしていない」  俺の様子がおかしいとでも思ったのか、傍に来そうなそぶりと同じくらい行きたいのはトイレだ。そのギクシャクした動きの気配で、俺のロマンティック夜空探訪が妨害される。 「飯塚、いいから、とりあえずトイレいけ」  あの男前は最近オカシイ。当初なんでもソツなくこなし、動揺とも無縁で仕事もサクサクこなす。言い寄る女をぶった切り、その足で俺の台所で料理するような男前。  だったはず……。  それが今のようにギクシャクしたり、簡単に泣いたりする。子供のように正明にすらジェラシーをまき散らし、少しのことで不機嫌になる。こんなヤツだったっけ?  飯塚は俺の思い描く「男前」そのままズバリで、見た目と相まって最強だったはず。でも最近はすっかり手のかかるデカイ子供に変身してしまった。 (見た目の男前度はキープしているけどね) 「なんかあったのか?」  不必要な低音ボイスで話しかけられてもな……お前さっきまでお漏らし寸前だったろうが。 「空が綺麗だ。黒じゃない、ダークブルーでもない、これって紺色だ。だから星が綺麗に見えるし、月がエロい」 「なに言ってんの?」  ベランダに並んで立つ野郎が二人。ともに襟付きのパジャマ姿。パジャマは俺の提案だ。Tシャツにロマンはない!これが俺の持論。マッチョな男が乳首をおしあげるヘインズのTシャツなイメージ……脳みそも筋肉です!アレはいただけない。  ウィンブルドンは襟付ユニフォームじゃないと許可がでないくらいだ。やはり紳士たるもの襟は必須。  そしてボタン。きっちり留めていても間に浮き上がった空間が存在する。(隙間からチラ見)潜りこませるときだって、ボタンをプチプチするほうが、断然エロい。  そもそも女子にそのような妄想を抱いていたというのに、俺のエロ担当がすべて飯塚なのだから、笑えるだろう?俺だってたまに逃げ出したくなる。 「黒は何色にも合わせてくれる親切さんだ。でも紺は違う。スーツに置き換えてみろよ。 ちょっとした色目や明暗で、合う色がまったく別物になるだろ? こんな紺色のなかに黄色い月だ、そして下弦の月。 頭のいい女みたいじゃないか。計算高いっていうのと違う次元で自分を魅せる女性。 そんな感じがしないか?知性を伴ったエロさはシャープなイメージだよな。 俺、あの月と友達になりたい」 「ふん」  こいつは俺の言いたいことがわかっている。でもそれを伝える術が怖ろしく下手クソで、致命的だ。だからこそ募る気持ちだってある。  この不器用さ加減が俺の心を常にくすぐり続けるから、そのたびにドキドキしてしまう。だからついつい甘やかしてしまうわけだ。(悔しいけど) 「飯塚が何色で光ろうが、俺はそれが映える空になるさ」 「たけ……もと」  ここが肝心。これ以上ダメを押すと泣くわけだ、この男前が。それを見極めながら、俺はお前が好きなんだぞってことを言い募っている。  群がる女、店の客……道を歩いている女達が発する「あらいい男!お近づきになりたいわ!」光線を跳ね返すバリアになればいい、そう願って。  はぁ……課長。飯塚に営業しないですむような生活に、早いとこしてくれませんか! 「俺はベッドで寝たい。だからもう空はいいだろう?一緒に帰ろう」  帰るって、たかだか20歩程度なのにね。かわいいから許す。 「どこにもいかないでくれよ。起きた時に武本がいないと、怖くなる」  ばぁ~~か。俺もだよ。だから何も言わずに差し出された手を握る。甘やかして、甘やかされての毎日は予想よりずっと楽しい、そして安心。  満ちたり欠けたりを繰り返す月のように、飯塚が変化しようが構わない。俺がそれを映す空でありつづければ一緒にいられる。 「月のない空は見てもつまらない。空がなければ月は存在できない。そうだろ?武本」  飯塚はそう言って、触れるだけのキスをくれた。敵わないな……ほんと。  やっぱりお前は俺の理想の「男前」

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