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月のような二人 2

 牢獄にも朝は来る。  朝日が塔の高い位置にある窓から優しく俺達に降り注ぐ。  遠くには自由に空を羽ばたく鳥のさえずりが聞こえている。 「んっ眩しい……」  少しづつ覚醒する意識。  覚えている……昨夜の天国と地獄のような出来事。キチの氷攻にやられ凍ってしまった俺の躰を、ジョウが存分に抱いて温もりを分け与えてくれた。  ジョウが救ってくれたこの命。  そのままジョウの温もりを肌で直に感じながら、眠りにつけることに安らぎを感じた。 「ジョウ……起きているのか」  俺は躰を起こし、隣で眠っているジョウを見つめた。 「ジョウ……?」  違和感を感じた。  俺の腰にまわっていたジョウの手は、今は寝台から力なく落ちている。  不安になり、もう一度彼の名を呼んでみた。 「……ジョウ?」  そっと触れてみると、昨日あんなに温かみがあったジョウの躰は冷え切っている。一体何故だ? 「おいっ!どうしたんだ?」  まさか……そんな馬鹿なことがあるものか!ジョウの胸に恐る恐る手を当てる。 「えっ……そんな……」  心臓の規則正しい鼓動が聴こえない……いつも穏やかな血が巡っていたジョウの躰に、今は血が通っていないじゃないか! 「ま……まさか」  俺は飛び起きて、ジョウの両肩を激しく揺すった。 「起きてくれ! どうしたんだ! 」  返事がない……動かない……  俺が求めたから……凍った躰を温めようとジョウは無理をし過ぎたのだ。  お……俺のせいだ! 何という事をしてしまったのか。  茫然自失の状態だ。 「ジョウっつ」  ありったけの声で魂を呼び戻したくて叫ぶ!  その瞬間両方の眼から、大粒の涙が噴き出た。 「起きろ!! お願いだ、起きてくれ! 俺を置いて逝くなっ」  涙が降雨のように、ジョウの躰に降り注ぐ。 「嫌だっ! こんなのは嫌だっ! こんなことは望んでいない」  恐ろしい程の喪失感が一気に押し寄せて、俺を奈落の底に突き落とす。躰が震え出すのと同時に再び雷光が宿り出す。  驚き  怒り  哀しみ  様々な感情の渦が、大きな力となって躰中を駆け巡る。 「あぁ……隊長さん無事だったのね。え……一体これはどうしたの? ジョウさんは?」  気が付くと赤い髪の女が隣にいた。そしてジョウの腕で脈を取り、はっとした表情になった。 「何故……まさか! 彼は息をしていない。昨夜何が起きたの? 」 「ジョウっ!!」     赤い髪の女の声なんて聴こえない。  ジョウが俺を置いて逝ってしまった……もうそのことだけで頭がパンクしそうだ! 「うっ……うう」    泣き叫ぶ俺の頬を、女がパチンっと叩いた。 「落ち着いて!」  真剣な顔でのぞき込まれる。 「昨夜、何が起きたの?」 「あ……キチの氷攻で俺の躰が凍え死にそうになって……それをジョウは自分の身を犠牲にしてまで助けてくれた。温もりを分けてくれた。それが……まさかこんなことになるなんて」  頭の中がもうぐちゃぐちゃだ! 「時を戻したい……王様の病気が治れば……このような結末はないのかもしれぬ」  そう思った。そう願った!こんな現実受け入れられないから!  藁をもすがる思いで、赤い髪の女を見つめた。 「行ってくれるか? 先の世へ……王様を連れて病気を治して王様をまた戻してくれ。昨夜キチがあの部屋に来る前の時に、王様を治して戻して欲しい。君はもう戻らなくていい。そのまま君の生きている世に戻るといい」  女は驚いた表情を浮かべたが、納得したような面持ちで頷いた。 「今なら行けそうなの?」 「行かねばならぬ! 俺のせいだ。ジョウをこんな目に遭わせたのは俺のせいだ! だから俺がなんとかせねばならぬ!」  吐き捨てるように言いきると、躰中の力が今まで感じたことがないほど漲っているのを感じた。雷光に包まれて青白く光る俺の姿を見て、赤い髪の女も悟ったらしく、意識が混濁している王様を横抱きにして連れて来た。 「行くわ! あなたの願いを叶えてあげたい。そしてこの子の病は私が責任を持って治すから行かせて、私を先の世界へ!」 「頼む! 俺はジョウがいないと生きていけぬ。俺のこれからの人生がこのままでは駄目だ。この道へは進めない!」  目を閉じて……今想いを込める。  雷功よ!  この二人を導け!  遠い世界の君のもとへ届けてくれ。  きっと俺の生まれ変わりの君なら、俺を助けてくれる。  そう願えば叶うと信じている!  その瞬間、俺の胸の月輪が目を開けられない程光り、一筋の光線となった。そしてそれはジョウの月輪からも発せられ、二つの月の光は重なり、まるで光のトンネルのような輪が出来、その道が天に向かって一気に伸びて行った。  まるで月に向かう橋のように真っすぐに。 「行くわ」  赤い髪の女は決心したように呟いた。  光のトンネルに包まれた女は少年の王様を抱きかかえ、一歩また一歩とトンネル内を歩き始めた。 「ありがとう……どうか……頼む」  その瞬間光の渦がさらに大きく巻き起こり、トンネルが揺らぎ、女と王様を包み込み、天高く舞い上がっていた。  最後に、俺の躰からひと際明るく、大きく雷光が轟いた。  涙で滲む視界から、少年王を抱いた赤い髪の女は完全に消え去った。 「ジョウ……君がいない世なんて考えられない。あってはならない。だから俺は望みを託した」  力を使い果たした俺は脱力感で崩れ落ち、床に仰向けになった。  何とか時空を超えることが出来たのか。  そうであって欲しい。  祈るように天を仰いだ。  目を閉じれば浮かぶ。  昨夜の温もりを分かち合う逢瀬。  躰と想いを重ね合った営み。  俺達は月のよう。  君が欠けては生きてはいけない。  ひとりじゃ補えない。  待っている。  きっと俺のもとへ帰って来てくれる。  そう信じてる。 「月のような二人」了 ****  こんにちは!この物語を書いている志生帆 海です。ようやく『重なる月』につなげることが出来ました。ふぅ一息です。しばらくは『重なる月』の更新になります。  またこの世界のジョウの心臓が動きだしますように。王様も無事治療を終えて舞い戻り、時の魔法が起こりますように。今度は、洋に頑張ってもらいたいです。というわけで、『悲しい月』は一旦、本日の更新で停止します。  このままだと悲恋なので、すべては『重なる月』次第ということで。また此処でお会いしましょう。 あと『月夜の湖』の方を合わせて読んでいただけると、理解が深まるかと思います。『悲しい月』と『月夜の湖』の二つのお話が『重なる月』へと集まっていきます。  ここまで拙い話を読んで下さってありがとうございます。感謝を込めて。

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