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(14) 春雷譚
カラン……
朝げの席で……
手から箸が転げ落ちた。
(いま、なんて……)
口の中の卵焼きの味が分からない。
「娶 ろうと思う……みつ輝?聞いているか?」
はい、と掠れた声がどうにか頷く。
心臓が痛い。不規則な脈動が波打つ。
どうか、俺の聞き間違いであってほしい……
最後の希望にすがる唇が、乾いた声を紡いだ。
「なにを……ですか?」
やはり何も聞いていなかったのか……と。
黒瞳を細めた。
「側室だ」
箸でつまんだ油揚げを口に運んで、時政様はみそ汁を一口すすった。
いつもと変わらぬ朝げ…………
…………である。
…………であったのに。
「正室ともなれば、まず将軍に許可を頂き、幕府の有力御家人にも話を通さねばならん。時間もかかるし、何かと面倒だ。
だが側室であれば、私の一存で迎える事ができるのでな……みつ輝?」
突然。
立ち上がった俺を、いぶかしげな黒瞳が追っている。
視線は合わせない。
合わせたくない……
「仕事の時間となりましたので、失礼いたします」
背を向けて、襖 を閉めた。
一刻も早く立ち去りたい。
心臓が悲鳴を上げている。
右筆の仕事に逃げる俺…………
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