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三 陰間として

「旦那は若い頃からこの店の主人なんだろ?」 「ああ、十五の頃、両親が辻斬りに遭ってね。それ以来、がむしゃらにやって来た」 「十五か、今の俺と同じ年だ」 「そうだね」 「苦労したろ」 「ああ……まぁね。人間の醜い部分をたくさん見た。大人ってのはなんでこう金に汚いのかと呆れたこともあった。いっそ全部捨てて、全く違う町で、ただの奉公人として働こうかと思ったこともあったけれど、それは思いとどまったな。……私はなんだかんだと言って、ここにある美しい反物や着物が好きだった。それを着て嬉しそうにする女性たちを見るのも好きだった。男ぶりがぐっと上がって、お侍の背筋が伸びるのを見ることも、好きだったんだ」 「そうなんだ」 「それに、私を助けてくれる大人もいた。代わりにほうぼう駆けまわって、得意先を引き止めてくれたりしてね。今も隣に住んでるけど、彼がいなければ私はやっていかれなかったな」 「ふうん……。そりゃ、女にうつつを抜かしてる暇もなかったんだな」 「そうだね。……おっと、私がぺらぺらと話をしてしまったね」 「いいよ。旦那がどんな人か、俺ももっと知りたいと思っていたから」 「そうかい?」 「花巻のねぇさんから、旦那のことは聞いていたよ。とっても優しいけど、まるでこっちを見ちゃいない。そういうところに、どうしても惹かれちまう。こっちを見させようと頑張っちまうんだって、言ってた」 「……そう」 「どんな奴かと思ってたけど、今なんとなく分かった気がするよ」 「……彼女の気持ちは知っていたが、どうしても私の気持ちが追いつかなくてね。だんだん辛くなって、結局逃げたのさ」 「女ってのは、一度執心するとこわいものね」 「君は若いのに、よく分かっているんだな」 「まぁね」  清之介がふっと笑う。口調が重く、眠たくなってきているようだ。 「旦那はそれでもまだ恵まれてたんだな。俺みたいにならなかった」 「うん……それはそうかもしれない。まぁ、君のように華やかな容姿もしていないし、こういった仕事には就けなかったさ」 「母ちゃんが、美人だったんだ。借金返せなくて困ってた時、人買いが来た。おめぇが来ねぇなら、おっかさんもらっていく。いい女だもんなって言われて……」 「それで君がここに」 「あぁ、俺は男だから、なんとかなるって思ってた。母ちゃんの代わりに、なんでもするんだって思ってな」 「すごいな、君は」 「気づけばこんな仕事してた。何年かは、藍間屋の雑用とかしてたんだ。兄さんたちの身の回りの世話とかさ。皆いい人たちなんだぜ、俺よりずっときれいな兄さんもいるんだ」 「へぇ……それは、見たことのない世界だな」 「十三になった頃かな、そろそろ客を取る準備をしなくちゃいけねぇなって、兄さんに言われたんだ。痛くないように、俺たちがお前の身体をちゃんと躾けてやるからって言われて……」 「……ほう」 「皆そうするんだって。いろんなことを教わった。今日俺が旦那にしたようなこと、兄さんにされた。薄々分かってはいたけど、尻の穴とかに指突っ込まれて、いいところ突かれてさ、もう俺、痛いやら気持ちいいやら泣きたいやらで、ぐっちゃぐちゃ」 「……」 「そういうの一週間くらいされてから、今度は本番の練習だって。兄さんたちが、とっかえひっかえ俺を後ろから前から責めるんだ。皆よく知ってる人たちだし、皆すごく優しかったから怖くはなかったけど、最初はすげぇ痛くて、でも気持ちよくもあってさ……もう、わけわかんなかったな」 「……何と言っていいか」  清之介は軽く笑った。私にはまるで想像もできない世界のことを、さらりと言ってのけるこの少年は、私がしてきた苦労とはまるで異なる苦労をしてきたのだ。 「そういうことを、三日に一遍くらいずっと繰り返して……もうすっかり俺の身体は馴らされたってわけだ。そこからは、この通り」 「……そうか」 「藍間屋は吉原に見世があるだけあってさ、陰間を買うにも高いんだ。変なことできないように、必ず見張り番がいるしな。まぁでも中級以上の遊女を買うよりは安いから、怖いもの見たさでこっちに来る若いのもいるし、心底男が好きってやつもいるし」 「ほう」 「でも旦那みたいのは初めてだ。俺を人間扱いする客なんて、いないからな」 「……君は立派に人間じゃないか」 「そんなことないよ。結局、蔑まれる存在だ。しゃぶれ、穴をだせ、それだけ」 「……そんな」 「そんなもんなんだって。だから旦那は、特別だ」 「君の言うことは分かった。下衆な大人も多いってこともよく分かったよ」 「ははっ、旦那は面白いな。ねぇ、また俺を呼んでおくれよ。俺、旦那のことはもっとよく知りたいな」  きっとどの客にもそんなことを言っているのだろうということは分かる。しかし、苦界にいるこの歳若い少年が、ここで安眠を得ることが出来るのであれば、それはそれで良い事のような気もした。  それに何より、私は清之介と話すことが思いの外苦ではなく、どうも居心地のいいものであることを感じていた。花巻のことを吐露できたおかげか、彼に装飾品の知識が多かったせいか、分からないが。  それに、この少年は私に重たい気持ちを押し付けてくる気配もない。彼は割りきって自分の仕事をこなしている。 「……そうだな、たまにはいいか」 「ほんとう? 一晩、二分(三万円程度)はするよ、俺」 「何となく、君は話がしやすいから。人付き合いの苦手な私には珍しく」 「旦那は商人なのに」 「仕事と私事は違うからね」 「ははっ、嬉しいな。そんなに優しくされると、俺、たまに自分から来ちゃうかもよ」 「聞いたことないな、そんな話」  そう言って私が少し笑うと、清之介も笑って私に少し身を寄せてきた。自分で私の腕を取ると、腕枕にして横になる。  まぁそちらのほうが眠りやすかろうと、私は何も言わずそのまま彼の肩を軽く抱く。清之介は、深く息を吐いた。 「あぁ、いい気持ちだ」 「君が?」 「うん、旦那はいい匂いがするし」 「あ、そう……」 「姉さんに怒らっれちまう……」  そんなことを言いながら、清之介はとろとろと眠りに落ちていった。軽く寝息を立て始めた少年の顔を見下ろすと、安堵しきった幼い顔で眠り込んでいるのが見える。  ――明るく振舞っているが、いったい心中では何を思いながらこの生業を生きているのだろう……。  私はそう考えずにはいられなかった。そして、花巻のことも。  馴染みの顔の女達も。この清之介と同じ気持を抱えて、あの華やいだ世界で生きているのだろうと思いを巡らせるだけで、私は眠れる気がしなかった。

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