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サイトウさんだぞ!
『サイトウさんだぞ!』
そんな風にからかわれるようになってから、何ヶ月かが過ぎた。その『サイトウさん』熱も冷める頃、一人の転校生がやってきた。担任に促され、ひょろひょろのノッポで前髪の長いアイツは、第一印象とは裏腹に意外とハッキリと自己紹介した。
『サイトウアキラです。よろしくお願いします』
『サイトウさんだぞ!』
クラス一のひょうきん者が口を挟んで、教室は爆笑に包まれた。アキラと名乗ったアイツは、狐につままれたような顔をしてる。担任がたしなめて、アイツは俺の隣の席に座った。誰かが、ダブルサイトウだとくすくす笑う声が聞こえて、アイツは憮然とした表情をしてた。
* * *
俺とアイツは、『サイトウさん』繋がりでセットにされちまった。からかわれて怒ってるのかと、休み時間に声をかけてみたら、何とバラエティやお笑いを殆ど観ないから、件の『サイトウさん』を知らないのだと言う。今どき、珍しい奴だな。ちょっと驚きながら、俺は昼休みに屋上で購買のパンをパクつきながら、教えてやった。
「トレンディエンジェル、本当に知らないのか?」
「知らない。アイドルか何かか?」
俺は思わず焼きそばパンを噴きそうになって、口を押さえた。確かに、名前だけなら、可愛いアイドルグループみたいだもんな。肩を震わせる俺を、サイトウは不思議そうに見てる。飲み込んで俺は、あははと声を漏らした。
「違うよ。お笑いコンビ。禿げネタとデブネタが鉄板の、M-1王者だ」
「芸人なのに、格闘技もするのか?」
その疑問には、一瞬クエスチョンマークが瞬いた。五秒あって、思い当たる。
「……ひょっとして、K-1と間違えてるか?」
「ん? K-1だろ」
「違う違う。M-1。Mは、漫才のM。つまり、漫才で一番面白いコンビってこと」
俺は呆れを通り越して、やっぱり笑いながら教えてやった。コイツ、こんな調子でダチ出来るのかな。ダブルサイトウのよしみで、俺がダチ一号って事にしとくか。俺は購買のパンだったけど、アキラは小綺麗な色味の弁当を啄んでた。よく見ると、お握りがパンダ柄になってる。
「ところでサイトウの母ちゃんって、高校にもなって、キャラ弁なのな。恥ずかしくねぇの?」
「いや、弁当は毎日自分で作ってる」
何処まで規格外なんだ。
「えっ、そのパンダ作ったのか?」
「そうだよ。サイトウは、いつもパン?」
「うん。……てゆっか、サイトウ同士だから、何か変な感じだな。俺、リュウイチ。みんなからはリュウって呼ばれてる」
「じゃあ、僕もリュウって呼ぶ。僕のことは、アキラでいいよ」
「ああ、その方がしっくりくるな。改めてよろしく、アキラ」
「うん。よろしく、リュウ」
* * *
それから毎日、俺たちは屋上で購買のパンと、手作り弁当を食べる事になった。俺が教えてやったお陰で、アキラは『サイトウさんだぞ!』とからかわれると、制服のジャケットを広げるようになった。数学の抜き打ちテストでクラス一番の成績を取った秀才が、そんな風におどけるのが面白いと、アイツはだんだん人気者になった。そんなある日。学校一可愛いと評判の下級生が、屋上にやってきてアキラに言った。
「あの……サイトウ先輩、ちょっとお話ししても、良いですか?」
大きなはしばみ色の目元を淡く染めて、彼は恥じらう。そう、俺たちが通うのは男子校だった。思春期の恋は正体も分からず未熟で、時々誰と誰が付き合ってるなんて噂を聞く。俺は、そんなものには無縁だと思ってた。思っていた。
「告白か? 悪いけど、アキラは俺と付き合ってっから」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
きっちり三人分の驚きが上がる。話しているのは三人、つまりは俺も驚いたって事だ。何で、そんな事言っちまったんだろう。俺は言ってしまってから、急速に赤くなった。そんな俺の顔を数瞬見詰めていたアキラだけど、やがてキッパリと学校一の可愛子ちゃんに向き直った。
「そうなんだ。僕たち、付き合ってるんだ。だからそういう話なら、悪いけど聞けないよ」
下級生は、無言で走って行ってしまった。引く手あまたな自分に自信があったのか、断られた事に酷く恥じて、頬を泣きそうに歪めてた。残された俺たち二人は、しばしその後ろ姿を見送ってから、ふと目を合わせる。
「リュウ。言った事の責任は、取って貰うよ」
「はぁ? お前が困るだろうと思って、助け船出してやっただけなんだけど!」
火照る顔を逸らして隠しながら、焼きそばパンを頬張る。
「ふふ。同じサイトウだけど、結婚したら字が変わるな。一番簡単な『斉藤』から、一番難しい『齋藤』になるんだ。ちゃんと書けるように練習しろよ」
「アホ、誰が結婚だ」
「リュウと僕が」
「そういう事訊いてんじゃねぇんだよ。わっ、スケベ、何しやがる」
「キス」
「だからそういう事を訊いてんじゃ……ん、んん」
苦情は、唇で塞がれた。俺の、ファーストキス。漠然と男の唇は硬いんだろうと思ってたけど、それはとても柔らかく、弁当に入ってたイチゴの味のするキスだった。
End.
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