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第63話 命を賭して

【ジョシュ】  城の門が開いた事を聞き、ジョシュは静かに頷いた。やはり、勝手の分からない城は使いづらい。おそらく隠し通路などから忍び込まれたのだろう。 「いかがなさいますか?」  青い顔をした将兵が、指示を仰ぐ。それに向き直り、ジョシュは苦笑して腰の剣を指で遊んだ。 「僕が行く。あまり抵抗はせず、成り行きを見守ってくれ」 「ジョシュ将軍は?」 「こうなれば一騎打ちだよ。僕が勝てばタニスの王太子を捕らえられる。僕が負けた時には、抵抗せず降伏すること。これは、絶対の命令だ」  ジョシュは一人で廊下を歩き、階段を下りた。丁度城のエントランスを降りていくと、そこに一際輝く銀の光が見えた。 「あぁ…」  なるほど、美しい王子だ。ちょっと、怖いくらいかな。  思わず漏れた声に苦笑し、ジョシュはゆっくりと死地へと赴いた。 ============================== 【ユリエル】  ユリエルは開門と同時に城へと入った。戦意を失った者は相手にせず、向かう者を払いのけて。  そうして辿り着いたエントランスの上に、一人の青年を見た。鳶色の髪に、同色の瞳の整った顔立ちの青年は、真っ直ぐにユリエルを見ている。  ユリエルには確信があった。この人物こそが、ジョシュ・アハルその人だと。 「ルルエ国将軍、ジョシュ・アハル殿とお見受けする」 「確かに。そちらは、タニス王太子ユリエル・ハーディング殿かな?」  問われてユリエルは頷く。周囲はいつの間にか、タニスとルルエが入り混じった状態になっていた。 「降伏を、ジョシュ将軍。既に勝敗は見えているはずです」 「確かに、こちらの負けだ。けれど、一発逆転もあるかもしれない」  ジョシュが剣を抜く。それに、ユリエルも構えた。 「貴方を捕えれば、面目が立つんだ。何よりここで無条件に降伏しては、国に帰れなくてね」 「愚かです。命あっての物種ではありませんか。誇りを守って命を捨てるのですか?」 「…守りたいのは、僕のちっぽけな誇りではないんだよ」  構える姿勢を見せられては、戦わないわけにはいかない。ユリエルもまた、剣をしっかりと握り返した。  双方激しい衝突だった。ギリギリと刃が鳴るような強い押しに、ユリエルは僅かに後退する。既に散々戦った後だ、疲労も出てくる。 「満身創痍…とまでは行かなくても、疲れているかな。これは、勝率が上がった」  ニッと鋭く笑うジョシュはユリエルを後方へと押し、一旦距離を取る。ユリエルはそれに押され、よろりと後ろに下がった。  やはり一筋縄ではいかない。できれば降伏させたかったが、そうはできない。生きたまま捕えられればいいが、それもきっと難しい。相手は既に、自身など庇っていない。  ぶつかる度、互いの体力は削れていくようだった。ユリエルの剣は鋭くジョシュに迫った。容赦なく傷つけた。  だが、ジョシュの剣もまた負けてはいない。ユリエルの剣を弾くとすぐに反撃に入る。鋭い攻撃はかわすのも危うく、服や皮膚が薄く裂けて赤く染まった。  それでも互いに戦う事を止められなかった。ユリエルの肩には国が乗っている。おそらくジョシュの肩にも同等のものが乗っているのだろう。死んでも、譲り合えないものが。  ならば、終わりは見える。より強く願った者の勝ちだ。 「そろそろ、諦めてもらえませんか?」  何合目だろうか。既に分からぬくらい打ち合って顔が近づいて、そんな事を言われる。一旦剣を弾いても、またすぐに近づいた。 「命かかってるので、そう簡単には参りません」 「どちらにいても命なんてない僕からすると、羨ましいな。ただ、簡単に引き下がるわけにもいかない。貴方は危険そうだから、ここで消えてもらいたい。祖国の為にもね」  突き崩すようにジョシュは剣を突きだした。ユリエルの胸を狙った剣はそのままガードを突いて僅かに肌を傷つけた。  それと同時に突き出したユリエルの切っ先は、真っ直ぐジョシュの腹部を突き通し、赤々とした血が床を濡らしていた。 「やっぱ…悪い予感は当たるものだね…」  ズルリと落ちるその前に、ジョシュの口に笑みが浮かぶ。その手にはいつの間にか短刀が握られていた。 「っ!」  切っ先が肩口へと埋まる激痛に顔が歪む。痛みは突き抜け、次には熱になる。血が溢れだし、白い服をより鮮やかに染めていく。  それでもユリエルは、ジョシュの体を傷の無い腕で引き上げた。 「…部下を、お願いする。降伏するよう、言ったから」 「分かりました」 「あっさり言うね」 「貴方への敬意に対して、私が返せるささやかな事です」 「敬意?」 「民に害を与えなかった」 「あぁ…」  耳を近づけなければ聞こえない声が、微かな音で笑う。鳶色の瞳が、辛そうにユリエルを見ている。 「我らの王が、望まないしね」  そう言った表情は、どこか寂しげだった。 「変だな…。貴方はどこか、陛下と似ている」 「え?」 「…会う場所を、間違えたかな。もっと穏やかに出会えていたら、お茶の一杯でも飲めたのに」  瞳が緩やかに閉じていく。いつの間にか集まったルルエの兵が、剣を落として涙にくれた。 「…全員、降伏しなさい。命までは取りません」  静かなユリエルの声に、周囲は一層涙に沈む。それを見るタニスの兵もまた、どこかやりきれない顔をしていた。  王都を奪われてから二か月と少し。この日再び王都はタニスの元へと戻ってきた。だが、喜ばしさよりも悲壮感が溢れる、とても静かな終焉だった。

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