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第116話 深窓の令嬢(2)
【アイリーン】
彼女は今日も届かない想いを抱いて窓の外を見ていた。
この部屋に閉じ込められて、もうどのくらいたつのか。外出は全部、父のつけたお付きが一緒じゃなければいけない。他の自由は何も許されていない。
そんな生活にそろそろ絶望が見えてきた。でも、自分の命を儚む気にはなれない。あの人を待っているから、幸せになりたいから余計にバカな真似なんてできなかった。
そろそろ寝よう。そう思い、彼女はいつも座っている椅子から立ち上がり、ベッドに向かう。だがその窓が突然開いたものだから、彼女は飛び上がるほどに驚いた。
なぜなら窓は外側から釘で打ち付けられて開かないはずだから。
「やぁ、お嬢さん。こんばんは」
「貴方は!」
月明かりを背にした男は、実に暢気に声をかけてくる。彼女は叫ぶのを忘れて、ただ呆然と見てしまった。
「あぁ、叫ばないでね。俺は君に、とある人からの手紙を届けにきたんだよ」
「手紙?」
眉を寄せて、彼女は問い返す。
侵入者、レヴィンは頷いて手紙を見せる。窓枠からひらりと下りた彼は手にした手紙を離れたテーブルに置き、また同じ窓際まで下がった。
そっと警戒しながらテーブルへと近づく。そこに乗った手紙の表を見て、彼女の心臓は大きく跳ね上がった。口を手で覆い、嬉しさから涙が浮かぶ。震える手で手紙を取り上げ、中を取りだした。
硬くて綺麗な字が、流れるように続いている。知っている字だ。そして、何よりも声を聞きたい人の字だ。そしてそこに綴られる言葉もまた、彼らしいもので疑いがなかった。
『アイリーン
俺の事を覚えていてくれているだろうか。いつも、窓の外から見ているしかできない無力な俺を許してくれ。君に対する気持ちは、離れてしまった今でも変わっていない。もしも君の気持ちが俺の側にあるなら、約束する。
必ず君を大切にする。もう少しだけ、待っていてくれ』
「ヒューイさん…」
忘れるはずなんてない。自由を奪われてもなお、忘れたことのない人だ。思い出を胸にして生きてきたんだ。そんな相手を、忘れてしまうわけがない。そして想いも、変わっていない。
「その様子だと、大丈夫そうだね。申し訳ないんだけど、返事が欲しいな。あいつ本当に疑い深くてさ、信じてくれないんだ。姫さん本人が出ていくわけには、今はいかないだろうから」
「分かりました。少し、お待ちください」
しっかりとレヴィンを見た眼差しは、強い力と希望を持って輝く。直ぐに机に向かい、手紙を書き始める。それを、レヴィンは楽しそうに見ていた。
「ヒューイは完全に勘違いしてるね。あいつ、姫さんのことを弱いと思ってるけど、今の顔を見ると君は強い。尻に敷かれるな」
「そのような事は。私はお慕いしている方を心から愛し、支えてゆければ十分なのです」
そんな事をニッコリと微笑んで言った彼女は、手紙に封をしてテーブルに置く。彼女が離れたのを確かめてからレヴィンが近づいて、その手紙を胸の隠しにしまった。
「確かに。それと、俺の事は秘密にね。そのうち分かるから」
「えぇ、分かりましたわ。よろしくお願いします」
頭を下げたその先で、レヴィンが窓の外に消えていく。それを見送って、彼女はただただ祈りを捧げた。
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【ヒューイ】
手紙は直ぐにヒューイの手に渡った。
シリルの部屋で待っている状態だったヒューイは、音もなく部屋に入ったレヴィンに驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。手で耳を塞いだレヴィンは、ブスッとふて腐れた顔をしている。
「人をお化けかなんかみたいに」
「音もなく入るな!」
「癖なんだから仕方ないだろ」
そう言いながらも胸の隠しから手紙が出され、それが手に渡る。丁寧に封をされたそれを開き中を確かめると、確かに見慣れた人の字が綴られていた。
「元気そうだったよ、お姫様。こんな状況でもしっかりしてるんだから、相当強い女性だ。お前、間違いなく尻に敷かれるよ」
簡単ながらもそんな風に様子を教えてくれる。それに、ヒューイは安堵した。
『ヒューイさん、お元気ですか? 父は貴方に辛く当たっているのでしょう。その原因は、私にあります。私が貴方に惹かれ、お慕いしているからです。
どうか、無理などなさらないで。辛いなら全てを捨てて逃げても構いません。私は必ず、そのお側に行きます』
「アイリーン…」
そこまで想われていたなんて、信じられなかった。
愛していると口に出して告げた事はない。二人とも共にある事が心地よく、安らげた。だから言葉なんてなくても、その心は一つだと思えた。
けれど離れてしまうと後悔した。確かな言葉にして、愛していると言っていればその言葉を信じられたのに。
「良かったですね」
側でニコニコと、心優しい少年が微笑む。我が事のように他者を思い、その幸せを喜べる素直で優しい人。こんな人が王族である事は、なんてかけがえの無い事なのか。
素直な笑みが浮かび、一つ頷いて「有り難う」と告げる。その笑みを見たシリルの顔にも、安堵したような笑みが浮かんだ。
このまま何事も起こらずに夜が過ぎる。この時はそんな空気が確かにあったのだ。
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