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染まり合う(モブ女性視点)

名前もないモブ視点なので一人称です。 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧ 「いらっしゃいませ」  カランコロンと店頭の扉が開かれる鈴の音がして、私は反射的に声を上げる。  視線を扉に向けると、今日も来店して頂けたと嬉しくなる。  神楽坂にある、カフェ併設型のブランジェリー。  開店は毎朝七時。土日も元気に営業中。  ここに毎週土曜日の朝に現れる二人の男性客。この姿を眺めるのが、ここ最近の私の癒やしであり楽しみだ。  一人は背の高い美丈夫で、きりっとした雰囲気の端正な顔立ち。あまり顔を見るのも失礼なので、私はじろじろと見ないようにしているけど、かなり注目を集めるくらいのイケメンだ。パンを買い求めに来た女性客がことごとく振り返っているので分かる。  わたしはこの方を「知的イケメン」と名付けている。  そしてその方と一緒に来店されるのが、少し柔らかい雰囲気を漂わせる男性。それはおそらく一緒にいる相手に対して、の比較である気もする。普段はもっと違う雰囲気を纏っているのかもしれないが、とにかく知的イケメンの隣にいるとふんわりとした雰囲気なのだ。  わたしはこの方を「ふんわり美人」と名付けている。  我ながら、ネーミングセンスは微妙かもしれないが、特徴を捕らえているのでこれでいい。誰に言うわけでもないし。  店内が混み合っている時など、ふんわり美人が知的イケメンに庇われていたりするので、二人はきっとカップルなのだろう。  勝手な妄想だが、それでいいのだ。    今朝も、知的イケメンがトレイとトングを持ち、ふんわり美人になにかを話しかけている。おそらくパンを選んでいるのだろう。  この二人は来店するたびに、クロワッサンとパン・オ・ショコラ、バケットサンド、コーヒーとカフェオレを買い求め、店内のカフェスペースでゆったりとした朝食を楽しんでいる。  今日も同じだろうかと思い、ちょっとわくわくしてきた。  知的イケメンがトレイを持ってレジカウンターの前に立つ。  その上にはクロワッサンとパン・オ・ショコラ、ハムとチーズのバケットサンドが乗せられている。知的イケメンはブラックコーヒー、ふんわり美人はカフェオレを注文した。  落としたばかりのコーヒーとカフェオレをマグカップに注いで、温めたパンを皿に盛り、木製のトレイに乗せる。  それを知的イケメンに渡すと、ありがとうと声をかけられて、私は一気にテンションが上がった。  ふたりはいつものカフェスペースの窓際の席に着く。いつもそうなのだが、席の奥はふんわり美人に座らせて、知的イケメンはいつも通路側に陣取っている。そのためこちらからは知的イケメンの姿は望めないが、ふんわり美人が美味しそうにクロワッサンをほおばる姿を眺めることができるのだ。    この人がクロワッサンをほおばる姿はちょっと見物だ。とても幸せそうに食べるのだ。大きな口をあけて一口さくりと食べて、ふわっと幸せそうな笑顔を浮かべる。すると知的イケメンの手が伸び、口許についたパンくずを、指で広い、自分の口に入れた。  うわぁぁ!  思わず声を上げそうになって、口許を押さえる。  なんて愛らしい。幸せで尊い世界だろう。  わたしはここに店を出した自分の先見性を心から褒めてあげたくなった。  わたしは溜まらなくなり、ちょうど手が空いたこともあって、近くのテーブルを拭くためにカフェスペースに向かう。端からテーブルを丁寧に拭いていると、二人の会話が聞こえてきた。   「いつも思うんだが、美味しそうにクロワッサンを食べるな」 「だって、本当にここはサクッとふわっとしてて、香りが良くて美味しいよ」 「本当にバターの香りとか好きなんだな」 「うん。デニッシュとかパイとか、何層にもなってる生地って手間もかかってて本当に食べて幸せになる。暁さんはどちらかというとハード系の方が好きだよね」 「ここのフランスパンもなかなかだ。ちゃんと堅い生地なんだけど、サンドイッチとして食べやすい絶妙な歯応えなんだよ」 「暁さんが朝パン食べるなんてここだけだもんね。いいお店見つけたな」 「そもそも朝はあまり食べないからな。でも、朔耶に付き合って、こうやってモーニングするのも悪くない」 「一緒に住むと、こうやってお互いの当たり前の習慣を少しずつ摺り合わせていくでしょ」 「ああ」 「それって、少しずつお互いに染まり合うみたいな感じで、なんかいいよね」  何これ。  ずっと聞いていたい類いの会話だわ。  愉しげで幸せそうで、こちらもなんだか嬉しくなる。  私はひそかに、ふんわり美人はデニッシュ系やパイ系が好きなのね、知的イケメンはハード系ね、とパンの好みをインプットする。  新作パンも考えよう。お得意様のニーズに応えたい。このふたりに長く愛されるお店にしたいと思う。  食事を終え、二人が席を立つ。  わたしは、ふたりに向かって話しかける。  ここ数週間見ていて、初めてのこと。 「食器はそのままで結構ですよ。ありがとうございます」  すると、ふんわり美人がにっこりと笑いかけてきた。 「いつもご馳走さまです。クロワッサン美味しいです」 「そう言っていただけると」  そして知的イケメンも頷く。 「近くに越してきましたが、美味しいお店が近くにあってよかった」 「それは何よりです。いつでもいらしてください」  そうして、私は二人を扉まで送る。  わたしは両手の平で頬を包む。近くに住んでるのか。  ああ、いいものを見た。今日も一日頑張れそうだ。   【了】

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