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てんちょうたちのひみつ -3-

*.:・.。**.:・.。**.:・.  安 堂 《 DATE 2月13日 午後5時25分》 *.:・.。**.:・.。**.:・. (どーゆーつもりなのよっ!)  冷水(ひみず)が廊下に消えて、口の中を空っぽにしてから、声を潜めて咲伯(さいき)に食いかかる(冷水は地獄耳だから)。  咲伯は冷水をしばらく目で見送っていたけど、アタシに振り向くとニッコリ笑った。 ……ああそれそれ。  その笑顔が一番怖い。アタシでさえ、ついつられて顔が緩みそうになる。その、溶かしたバターみたいな笑顔。  冷水も春川ちゃんも、みんなそれにやられているのだ。まったく。 「…冷水ちゃんのために調達したのよ、あのクスリ。」 「それが、目が覚めちゃったんだよ。そしたら思いのほかかわいくてさ。言っとくけど、きみが分量間違えたからこうなっちゃたんだよ?」 「間違えてないわよ。だいたいアンタ、どうやって投与したのよ。」 「ポカリに混ぜて飲ませたの。」  ばか! 「経口投与じゃないわよアレ!注射器入れてたでしょ!メモにも書いておいたわよ!?」  咲伯は「えーっ」とちょっと驚いた様子を見せて、 「メモだったんだあ。ラブレター的なやつかと思って捨てちゃった~。」 と舌を出した。 「だいたい、注射なんてどうやってするんだよ。」 「…チョコのほうにも睡眠導入剤を混ぜたって、メモに書きました、アタシは。…てか!なーんでアタシのラブレターだと思ったのに捨てるのよっ!?」  咲伯は悪びれもせずいたずらっぽく笑った。…魅力的だわねちくしょう。  そして、またあの笑顔で微笑んでくる。 「かわいかったでしょ?」  そりゃかわいかったわよ春川ちゃんは。 「…今ごろ冷水ちゃん、アンタが春川ちゃんにつけたキスマーク見つけて、今に血相変えて殺しに来るわね、アンタを。」 「冷水はぼくは殺さないよ。」 …まあね。(“ぼく「は」”、ってとこがまた。)  鴨肉をもうひとくち頬張る。  今日の冷水のディナーは、野菜のココットキッシュ、生ハムのサラダ、ブイヨンの効いたオニオンスープ、メインが鴨のオレンジソース。  テーブルクロスは咲伯の好きな落ち着いた赤。ナプキンが淡いクリーム色だから、燭台がシルバーでも地味にならなくて好き。料理がいちいちよく映える。  結局アタシは今日のデートをキャンセルしてしまった。  冷水がアタシのぶんも早めのディナーを用意してくれてたから。  冷水の料理はそこいらの並みのシェフより断然美味しい。  咲伯にくっついて世界中を廻ってたおかげで、いろんな料理に触れて学ぶ機会があったんだとか。  とにかく料理が好きで、行く先々で厨房にまで入って勉強したのらしい。  ところでデートが流れた原因は、まあ、実はそれだけじゃない。  彼と盛り上がる予定で彼にも特製の下剤を送ったのに、彼にはちょっと効きすぎてソレどころじゃないって連絡がとかでもディナーの最中に考えることじゃないわねアタシ。  それより、一番の原因は、いつもと違って全然クールじゃない、人間くさい生身の冷水を見られるチャンスだったからってこと。  咲伯に教えられてソッコー駆けつけた(もちろん主な用件は春川ちゃんの診察だったんだけど)。  そんな冷水はものすごく貴重。デートをキャンセルするだけの価値はある。  さっきの、春川ちゃんの部屋に向かう冷水は、特にかわいかった!  春川ちゃんに会いたくないの一点張りで、咲伯に言われても何度かしつこくごねた。  ようやくさっき、春川ちゃんのもとにワゴンでフルコースをお届けに行ったのだ。  ドアの前で最後の最後まで逡巡して、一瞬立ち止まって振り向いた目が、明らかに咲伯に助けを求めていて、結局そのあとすぐにドアの向こうに消えたんだけど、ほんとに一瞬だったんだけど、今まで絶対見たことなかった冷水の表情に、アタシはおおいにしびれた。  この料理の味も、(春川ちゃんのことを思って作ったのね) と思うだけで、2割増しに美味。 「いいなあ。」  咲伯がポツンとつぶやく。 「春川の育ての親ってさ、あんなかわいいのを12歳からずっと独り占めしてたんだよ。いいよね。見たかったなぼくも。春川の成長の過程のあれやこれ。」 「…アンタそれ冷水ちゃんに言ったら間違いなく八つ裂きよ。」  道徳的にもどうかと思う。さすがのアタシも引いてしまう。 「だから冷水はぼくを八つ裂きになんかしないって。もし八つ裂きにされるとすれば…あ、冷水帰って来た♪」  同時にドアが開いて、冷水が大股で入ってきた。小脇に服みたいなのを挟んで。 「…咲伯。」  当然、いきなり怒っている。  咲伯はニヤニヤして、「かわいかったでしょ」 と冷水にまで言った。 「春川はベッドの下に裸で隠れてましたが。」  冷静な声とは裏腹に、次の瞬間、冷水は小脇の服を左手で床に叩きつけた。 (ほら怒ってる!)  床のうえのそれは、春川ちゃんのパジャマみたいだった。  ベッドのすみに、咲伯が脱ぎ散らかしていたのを、アタシはそのままにしていた。 「えっ!ベッドの!?うわぼくそれ見たい!」  見て来る!  冷水の横をすり抜けようとして、冷水から突き飛ばされている。  ばかね咲伯。  咲伯はケタケタ笑った。咲伯は冷水の前だと安心して「子供じみる」。 「安堂(あんどう)、お前か?」  矛先がこっちに向いたので口のなかのものを吹き出しそうになる。 「ちっ違うわよ!上半身にあんだけキスマークつけたのは咲伯よ!」 「あ~あ~あ。」  咲伯が「言っちゃったあ」という声をあげた。あらシマッタ。 「キスマーク!?」  おお。語尾に「!?」がつくなんて、クールじゃないゾ冷水。 「…二人とも、春川に、いったい何を…」  アタシは春川ちゃんの上半身舐めただけよ。言わないけど。 「安堂は関係ないと思うよ。春川が思わず逃げ隠れしたくなるようなことしちゃったくらいだろ。」  なんてことを。(そのとおりだけど。) 「冷水ちゃんを呼ぶって言ったら慌てて隠れちゃったのよ。」  嘘っぱちだけど冷水の目はちょっと揺らいだ。  おおお。動揺しちゃってるじゃないのよ冷水。  冷水は少し焦って(←珍しい。)アタシから視線をそらす。  そしてまた咲伯を睨んだ。 「咲伯、春川に、乱暴したんですか…。…いくらあなたでも、「ちがうって。」  咲伯は冷水にかぶせた。 「ぼくは確かめたかったんだよ冷水。春川がサトウから逃げられるか、その呪縛を断ち切れるのかをね。」  いきなり声のトーンを下げてシリアスぶる咲伯。  正当化出来んの、そんなんで。  だいたい、サトウって誰。 (…あ、「スタンガン」の彼?)  冷水はもうクールさを取り戻して、黙って咲伯を見ている。 「で、わかった。まだ春川には無理みたいだ。今の春川じゃサトウに勝てない、だから冷水、」  咲伯はあらたまって冷水を見た。  次に、小首を軽くかしげて、微笑みながら言った。 「かってもいい?」  冷水の顔つきがサッと変わる。 “かってもいい”?…。あ、 “飼ってもいい”って言ったの咲伯!  なにそれ!(楽しそうじゃない♪)  冷水はもちろん楽しそうなんかじゃない。いっそう厳しい目で咲伯を睨んでいる。  おもしろくなってきた。2人を交互に見上げながら、ひとりでワインをおかわりする。 「飼う…?」 「かくまってもいい?って意味だよ。」 「そんなことは春川の意思で決めることです。」 「じゃあ春川がここにいたいって言えば飼っていい?」(めげない咲伯。) 「…飼うなんて、…次に口にしたら許しません。」(冷水こわーい。) 「ごめ~ん」  咲伯はその冷水に向かって“てへぺろ”をした(その根性も怖い。)。 「たとえサトウに勝てないとしても、春川が出て行くと言ったときは、彼の意思は尊重すべきです。彼を止めることはすべきじゃない。」 「まあね。とりあえず今夜はいいんだよね?泊まらせても。やばいんでしょ、今日一日は。」 「…鍵は渡しましたから、これ以上変なことはできませんよ。」  すかさず「咲伯はマスターキー持ってまーす。」とチャチャを入れる。 「あ、冷水、マスターキー、貸そうか?」  お。いいわね咲伯ぃ。  2人で散々はやしてみたものの冷水は冷静だった。 「…もう二度としません。たとえあなたの命令でも…。」  そう言う冷水の顔はすごくつらそうに見えたので、ちょっとふざけすぎたかしらと咲伯をうかがう。  咲伯は、愛らしいものを見る目つきでうっとりと冷水を見ていた。…咲伯のドS。 「どこ行くの?」  出て行こうとする冷水に対し、咲伯が甘えた声を出す。 「信用がならないので、今日は春川の手前の部屋で寝ます。」  わあ~。  冷水ったらすっかり春川ちゃんの“ナイト”って感じ。春川ちゃんがちょっと、いやだいぶ、うらやましい。 「マスターキー持ってるのはぼくだけなんだから、ぼくと一緒に居ればいいじゃん。」  咲伯の子供じみた提案は冷水に無視され、一瞥をくれて冷水はドアの外に去った。 「…いいなあ。」  咲伯はまたポツリと言った。  春川ちゃんに嫉妬して。 (春川 DATE 2月13日 午後5時22分 へつづく)

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