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がんばれ!はるかわくん!-1-
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春 川
《 DATE 2月5日 午後3時24分》
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また店長に見とれている。
別れた彼女に「やめてよ」 と何度もいわれた。
きれいだと感じるものを見ると、俺はつい目で追いかけてしまう。
特に相手がひとの場合、それが異性でも同性でも、しばらくの間じっと見る。
家に帰って、その記憶をたよりに、スケッチブックに無心にデッサンしてみる。
その「きれいなもの」を、こっそりと自分だけの宝物にする。
そういう作業が好きなのだ。
宝物だから、今までその絵は誰にも見せたことはない。
だから、はたから見ると、俺の行動は「無神経」で「キモ」くて「やめたほうがいい」。
わかってる。けど。
「やめてよ」と何度言われても直らないのだから、もうこれは立派な俺の「クセ」なんだと開き直ることにしている。
コンビニでの夜間のバイトをやめて、新しいバイト先を探していたとき、バイト情報誌でたまたまこの店を選び、面接を受けに行った。
店長を見て一瞬固まってしまったことを今でも思い出す。
それは、衝撃的、といってもよかった。
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(春川 DATE 1月24日 午前10時43分)
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バイトの面接で初めて店を訪れる。
仕事内容は、
「事務所改装のための短期引越し作業、簡易な事務手伝い。19時から21時。期間2月12日まで」
時間も期間も短いが、とにかく時給がすごく良かった。
たぶんもう埋まってると思いながら連絡したら、まだ全然決まってないとのことで、面接の日時はすぐに決まった。
ドアを開けて入ると、店と言うよりは、会社の事務所みたいな雰囲気だった。
そんなに広くない店内の第一印象は、「まぶしい」。
冬の陽射しをうけた飾り気の無い白い壁が四方から光を反射していて、視覚が一瞬麻痺するくらい明るい。
品の良い小さな観葉植物が置かれている薄茶色のカウンターと、応接ソファにしてはやけに立派な革張りの濃い茶色のソファ。2、3人掛のやつと、その向かいに、1人掛のが2つ。
挟まれるように配置された木目調の小さなテーブルの上には、手のひらに乗るくらいの、平たく透明なガラスの器があって、薄桃色の小さな花がいくつか浮かべられていた。(あまりに「女の子向け」なので、俺は当初スタッフに女性がいるんだと思った。)
「…こんにちは。」
誰もいない店内に自分の声ががらんと響くと、
(あれ、ここで良かったか?)
と一瞬不安になり、おもわずポケットからバイト誌の切抜きを取り出して、小さな地図と店名をもう一度確認した。
反応はそのすぐあとにあった。
カウンターの奥にあるドアが開いて、店長が顔を出す。開店前だったのでまだ奥のスタッフルームにいたらしい。
切れ長の目が、すっと俺を見て、顔全体をこちらに向けたとき、…俺はしびれた。
きれいだ!と思うと同時に、すぐに、描きたい!と思った。
しっかりとした鼻筋。シャープな顔の輪郭。少し笑みを浮かべた口は、大きいけど、くちびるは薄い。
左と右、同じところにえくぼが出来る。
長身のすらっとした身体についた長い腕の、ちょうど腕まくりをした二の腕の形も、とくに良かった。
太くはないが、きれいなのだ。(筋肉の束のうえに血管がのっているのを見るのが、俺は今でも好きだ。)
外見は、「完璧」。
―― あ、そっか面接の、えっと春川くんね。
店長はふにゃふにゃ言った。
でも、かけて、と静かにソファに促がす声も、びりっとするくらいかっこよかった。
電話口で聞いたときの声と、実際に話しているときの声とでは、印象が少し違う。
落ち着いた大人の物腰にドキドキしながらもそっと店長に見とれていたら、履歴書を見ながらの第一声は、「美大に行ってたんだー。…ドラえもん描くの、うまい?」 だった。
店長はふにゃっと笑った。
完璧な外見と声と物腰に対する、その間抜けな質問と笑顔のギャップに、なんとなくノックアウトされてしまう。
―― そんなに緊張しなくていいよ。
はははっ、と笑うと、店長の顔は笑顔でくしゃくしゃになった。
店長には、俺がガチガチに緊張して見えたらしい。緊張をほぐそうとしての質問だった。
人なつっこくて、誰からも好かれる「お得な」ひとだと、その一瞬でわかった。
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今も、電話口で外出中のスタッフ(ヒミズさん)と話している店長の、太くて低い声に、俺は聞きほれている。
ちょっと考えるとき、目をつむって、形のいい指先で、下あごの皮膚を軽く引っ張りながら、うん~という(いい声)。
ちょっと困ったとき、天井を見上げて、ぼぅっとする(何も考えてないみたいにも見えるのだが、またそこがかわいかったりする)。
「バイトくん左利きなんだあ」
気がつくと、ソファ席にいたはずの女の子がひとり、カウンターにうつって来ていて、頬杖をついてこっちを見あげていた。
よく店に来る子だ。(名前なんだっけ。)
「なに書いてるの」
…なにって、うわ。
手元の伝票にボールペンで店長の横顔を無意識にデッサンしていたことに気づき、あわてて伝票をちぎって丸めた。
なんと答えようかどぎまぎしていたら、
「あ、電話、終わった?」
その子はそのままスチールの椅子をくるっと回転させ、さっさとソファ席に戻って行った。
ほかの女の子たちに混ざって、電話を切った店長を見る。
「うん。終わったよ。」
店長がふにゃふにゃ言う。
とたんに、女の子たちのボリュームが一気に上がる。
「あのね店長、聞いてー!なんかさあマイ、こないだ久しぶりに転んでフツーのとこでー。」
「そうそう!マイ、何もないとこで転んだよね段差とか無いのに!」
「それってヤバくない?すでに老化始まってんじゃん?」
「違うって!も~超恥ずかしかったー」
「あたしがいて良かったよねー、一人だったら精神的ダメージがハンパ無かったと思うよ結構ひと居たし」
「それ思ったあ。でもさー、転んだのとか子どもの頃ぶりだったから、なんかマイ、懐かしかったー。」
「馬鹿じゃないの?ケガしなくて良かったよ、ね、店長」
店長は、なるほど、という顔で、
「そういえば、ぼくも最近転ばなくなったね。へー。気がつかなかった。なんでだろね。」 などと言う。「そこ!?」
店長が本当に驚いた様子で言うので、女の子たちは一様にウケている。
俺は、こんなどうでもいいやり取りを眺めることで、実は密かに癒されていたりする。
「あ!バイトくんが笑ってる!」
へっ
「あ。もう笑ってない。」
「えーマイも見たかったー。」
「もさー。愛そ無いんだよバイトくんは。せっかくかわいいのにー。」
「かわいいよバイトくん!笑ってっ!」
顔がひきつってしまう。
(バイトくんて…かわいいって…。キミらとそんなトシ変わらないと思うんだけど俺…。)
若い女の子の集団が、俺はあまり得意じゃない。
(というか、最近「人間全般」が苦手。)
すんませんね、店長みたいに出来なくて。
「接客」なんか、コンビニのバイトの経験くらいしか無いのだよ俺は。
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