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鏡家の当主
タクシーが着いた先は、商業施設が建ち並ぶ、幹線道路から少し離れた、閑静な住宅街。車一台がやっと通れるくらい狭い道路沿いに、槙家の別宅があった。
高い塀に囲まれた門扉をくぐると、二階建の建物が姿を現した。
「一階は、事務所になってまして、二階が住居部分になります」
外の階段を上がり、真っ直ぐ、二階へ。
玄関を入って、右手に、コンパクトな対面式のキッチンと、四人掛けのテーブル。左手に、広めの浴室。
「奥が、主寝室になります。十二畳ほどありまして、中に、扉があり、仕切ることも可能です」
橘内さんの後にくっついて、家の中を、見て回った。
「一樹さん、色々と挨拶する所があって、夕方には戻られると思います」
「あの、橘内さん、その、出掛けても大丈夫ですか⁉夕飯の食材を買いに行きたいんですが」
さっき、ここに着く前に、スーパーを見掛けた。歩いて十分くらいかな。
「あとで一緒に行きましょう。ナオさんに、万が一の事があってはならないので」
「分かりました」
橘内さんは、仕事があるみたいで、下の事務所へ向かっていった。
一人きりになって、急に、寂しさが込み上げてきた。
外の景色を見ても、空を眺めても、何一つ、見馴れたものはなくて。知らない場所に、僕一人。
ーー一樹さんに、会いたいな。
早く、帰ってきて欲しいな。
思うことはそればかり。
それから、どのくらい時間が過ぎたのか分からないけど、ベットに横になってぼんやりとしていたら、橘内さんに呼ばれて、飛び起きた。
スーパーに着くまで、あちこち、キョロキョロしながら、後ろに付いていった。
地域密着型の小規模店舗だけど、品揃えは豊富で、値段もそんなに変わらないから、これからも、このお店を利用しよう。
今晩の献立は、一樹さんの好きな、カレーと、ハンバーグ。
昨日は、嫌いな野菜を入れすぎたから、控えめにしよう。
なんて、考えていたら、橘内さん、アスパラガスを一把、いつの間にか、レジかごに入れてた。
「甘やかしは厳禁です」
いつもながら、手厳しい。
家に戻ると、一樹さんが、先に帰ってきてた。
「一樹さん‼」
靴を脱ぎ捨てて、彼の許へ駆け寄った。
「寂しかっただろう。ごめんな、一人にして。買い物?」
「橘内さんに連れて行って貰った」
一樹さんが、手にぶら下げていたレジ袋の中を覗き込む。苦手な、アスパラガスが先に目に入ったのか、顔が曇っていく。
「ごめんね」
「どうせ橘内だろ⁉いいよ、頑張って食べるから。口直しは、ナオがいいな」
腰に彼の腕が回ってきて、抱き寄せられた。
もう、それだけで、心臓がドキドキして、今にも破裂しそうになった。
だって、二人きりになるの、初めてだもの。
顔を真っ赤にして、頷くのが精一杯。
「お取り込み中の所、申し訳ありませんが」
その時、鏡さんの声がしてきて、慌てて離れた。彼は、テーブルに寄り掛かり、腕組みをし、唇を一文字に結び、顔をしかめていた。
「一樹さんといい、橘内といい、二人共、甘すぎるんだ」
怒声が部屋の中にこだました。
橘内さんの名前も出てきて、回りを見渡したら、玄関先に立っていて、驚いた。
「男の嫁など、認めない。さっさと、一樹さんと別れろ」
「礼さん、さっきも話しをしたけど」
「いくら、先代が公認した仲とはいえ、鏡家当主である、この私が認めない限り、二人の交際は一切、認めない」
今、鏡家の当主って言った⁉
まさか、彼が・・・。
そんな・・・。
信じられなくて、鏡さんの顔を見たけど、逆に、睨み返され、
「さっさと、別れて、家に帰れ」
痛烈な言葉を浴びせられた。
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