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第1話
今日も疲れたな……
揺れる電車内で、会社員の佐和はつり革に掴まり体重を乗せながら、ため息を吐いた。
腕時計に目をやると、時刻は終電間近の23時半。金曜日のせいか、周囲の乗客からはアルコールの匂いが漂ってくる。
新卒入社して8年目。後輩も出来、段々と任されることが増えていき、残業が続くことも増えてきた。
もうすぐ30歳を迎えるが、休日は家事と睡眠に費やし、プライベートは灰色だ。何年も彼女はいない。
まあ、別にいいんだけど。平日も土日も、特に予定なんてないし。
明日は久し振りの休みだが、誰か誘ってみようか。スマートフォンのアドレス帳を辿るけれど、特に会いたい人もいない。
大学時代の友人や、会社の同期の中には結婚していたり、子供がいる奴らもいるのに。俺は何をしてるのかなあ。
窓に映る自分の疲れた顔と目が合って、そっと目を伏せた。
突然肩に重みを感じて横を向くと、細身の男性がこちらに倒れ込んできた。
慌てて体を支えると、彼の向こうには足元の覚束ない50代くらいの男が立っていた。
「邪魔なんだよ!」
「あなたの方がぶつかってきたんじゃないですか!」
キッと目を開いて睨み付ける顔が、驚くくらい綺麗に整っている。語気の強さに一瞬怯むが、酔っぱらいはすぐに怒りを露に、男に近づいてくる。
佐和は慌てて男の腕を引き、間に立った。
「なんだてめーは?あ?」
「いいえ。申し訳ないです。」
「はあ?俺はそっちの男に用が……」
泥酔した男は、掴みかかる勢いで今度はこちらに詰めよってくる。ツンとした匂いが鼻に届き、無意識に眉間に皺が寄ってしまう。
謝ったら落ち着くかと思ったが、第三者の自分がでしゃばったせいで、更に面倒なことになってしまったかもしれない。
佐和は戸惑いながらもう一度謝ろうとしたその時、電車が停車し、ドアが開いた。何人かがパラパラと降りていく。
「こっち!」
ぐ、っと背後の男が佐和の腕を引っぱって、そのまま外へと降車した。絡んできた男は、舌打ちをして佐和たちを睨み付けてきたが、周囲の視線に気付いたのか、くるりとこちらに背を向ける。扉が閉まり、電車が次の駅へと走り出した。
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