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第46話

 自分を包む腕がやさしく頭を撫でてゆく感覚に、ずっとあれこれ考えて構えていた心がほどけて、少し背の低い類の頭に頬を擦り寄せた。  日に焼けて、筋肉の付いた身体が密を受け止める。抱き返そうと腕を回すと頬にやさしく唇が当たり、密は身を起こした。 「本当に類?」  ずっと連絡を貰えなかった事、メールが来た後もどこにいるかなかなか教えてくれなかった事を聞こうと思っていたのに、思いがけないことをされて密は目を丸くした。 「そうだよ。来てくれて、ありがとう」  悪戯っぽく微笑んで顔をまじまじと見つめると、密がくしゃっと表情を崩した。目の端から涙がこぼれた。 「ばっか…もっと早くに連絡くれよ…」  焦って密の頬を包んだ類の手に熱い涙が伝わってゆく。ちらちらと横目で見て去って行く到着客の波が過ぎると、涙をぬぐう密に類の顔が近づいて唇が重なった。驚いて固まった密を、類は遠慮なく見詰め続けている。  旅行客のまばらなロビーで二人を気に留める人はいなかった。 「メール、遅くなってごめん。本当は連絡を取らない方がいいんじゃないかと…迷ってた」 「どうして…?来てって言っただろ」  相手の顔から視線を外せないまま立ち尽くす密の背中を叩き、スーツケースのハンドルを取った類が歩き出す。 「…場所を伝えたら、密が来てくれそうだったから」 「何だよそれ」 「何だろうね」  どんどん先へ行く類の表情を見ようとして密は歩を速めた。 「行こう、車持っていないからタクシーで行って、ホテルに荷物を置いたら…」  話しながら振り返った類が向こうからくる旅行客にぶつかりそうになるのを、密が腕を伸ばして防いだ。 「意外と危なっかしいな」  思わず笑った密につられて笑顔になった類の顔が、雨上がりの強い日差しに照らされた。 密は既視感を感じた。 ――音楽室で見た時にと同じ輪郭だ。あの時の春の光とは全然違うのに。 「紫外線が強いから、サングラスした方がいいよ」  類に促されて、密はポケットに入れていたサングラスを掛け直した。 「さっきまで大雨だったのに、強烈な日差しだな。いつもこんな天気なの?」 「そう、いつ降るか分からないし、降れば土砂降り」 「一週間しかないけど、明日は大丈夫かなぁ」  明日の事すらわからない、ましてや先の事なんて。 「降るけど、止む。ちゃんと止むから雨宿りしていれば大丈夫」  片手を上げてタクシーに合図を送る類の横顔は迷いがなかった。  青い空の下、とにかく今は強い日差しに負けないように乾き始めたアスファルトに足を踏み出した。 【完】

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