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Growth
「海琴 ォ、何か食わせてよ。空きっ腹で倒れそう。あ、俺、今夜、お前のトコ泊まるから……」
そう言って店に押しかけて来た蒼龍 はカウンターの一番端の、いつもの席を陣取った。
ここは大阪にあるバー併設のライブハウスで、ちっぽけだが俺の城だ。週末には俺も仲間と共にギターをかき鳴らす。
「いつもながら、一方的だねぇ。また、征丸くんと喧嘩?」と聞くと、
「どうせ、俺は欠点だらけで無神経だよ」
と、不貞てしまった。
「『どうせ』は止めなって俺、8年前にも言ったよね?」
蒼龍は嫌そうに、そっぽを向く。
蒼龍とは8年前に那覇のバーで出会った。
当時、高校生だという事を隠してバイトしていた俺に、見るからに年下の蒼龍がこの世の不幸を全部、背負い込んだみたいな顔をして、
「眠れるだけぬ酒でいいから、これで飲ませてよ」
と、500円玉を出して来たのだ。呆れるより哀しかった。酒の値段も判らないガキが言う台詞じゃなかったからね。けれど、その時の蒼龍は冗談でなく、それしか持っていなかったんだ。放っとけなくて浜で一晩中、色々な話をした。『どうせ俺は』を繰り返す自分嫌いの中学生に身寄りは無く、将来を悲観して自棄になっていたようだ。
「ウチナーや暖かいから仕損じるかな?眠れねーんか?」
という呟きの真の意味が自分を葬る事だと、あの時、俺が気付いていなかったら、今頃、蒼龍は土になっていただろう。
その時、母親の再婚で京都へ越すことが決まっていた俺は、ワンコインで蒼龍を沖縄から連れ出すことにした。蒼龍は迷わず俺の手を取った。変わりたいと思う気持ちを持っていた時点で蒼龍は俺と話す束の間にも1秒1秒、成長していたんだ。
「で?欠点の何がいけないワケ?開き直れって言うんじゃないけど『どうせ』の欠点も個性と思えば、蒼龍の良い面の陰にあるものなんじゃない?欠点を補うべく伸びるのが美点だと俺は思うけどね」
「はぁ?海琴は、いつも難しいことを言う」
「そ?でも、人ってさ、足りない部分と足りてる部分の均衡が少しずつ違っていて、その違いを認められないと不満に思うんだろうけど、個性と思えば人間臭さが愛おしいもんだよ?寛容にもなるって」
「面白いことを言うんだな。随分、前向きだ」
そう言って蒼龍は片眉をヒョイと上げ、可笑しそうに笑ったが、俺はそんな蒼龍に、
「お前、いい顔して笑うようになったな」
と、笑み返した。蒼龍は何て言ったと思う?
「だろ?元のデキがいいんだよ」
だって……。
「どうせ、生かされてるなら笑っていたいじゃん」
って、また、『どうせ』って言ってるけどね。
「やっぱ俺、帰るわ。欠点を個性だなんて許す海琴の微温湯 に浸かっていたら、甘やかされて進歩ねぇかも。でも、人に対しては、そう思えるようになってみる」
「素直なのは蒼龍の美点だな」
蒼龍は苦々しく笑ったけれど、帰り際に振り向いて、こんなことを言った。
「人間、嫌になったらお取替えってワケにもいかないし、欠点も含めて『自分』なら、そこ、カスタマイズしながら、やってくしかないよなぁ……」
Fin.
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