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第1話
体にまわった熱が脳みそまでジリジリと蒸し焼きにしていく。目が開けられない。びっしょりと汗をかいた臀部がシーツに擦れて水気とともにシワを寄せる。気持ちが悪い…そう思いながらも体を左右に少しだけよじって汗を擦り付けることしかできなかった。
風呂でのぼせたときとも違うこの酩酊したような、自分の体のはずなのにその一切を煮えきった脳みそに支配されているような。
のどが渇けば水を飲めばいいし、排泄がしたければトイレに行けばいい。そんな何か能動的なことがなにも行えなくなるほどの熱にぼんやりと侵されたまま意識を失った。
――雨戸を開ける音で飛び起きると初夏の青葉に反射して突き刺すような日差しが呼び込んでくる。
雨戸を開けたのはいつものように兄だった。これが冬でも変わらないのだからちょっとした拷問である。
「おきろ」
一言ぶっきらぼうにそう投げかけると、つま先から頭のてっぺんまでジロジロと見回し、返事も聞かずにさっさと階下へ下りて行った。
上半身だけ飛び起きたまま大股を開いてぐぐっと前に前屈する。かがんだ拍子に自分の股間が丸見えだ。まだやわらかい毛の細々と貧相に生い茂るその窪地はほんのりと湿って白い肌を桃色に見せる。
「別に脱ぎたくって脱いでんじゃないや…」
そうボソボソいいながら、ベッドの下に落ちていたチェック柄のぱじゃまを拾い上げるとそのまま風呂場へ向かった。
洗濯機にパジャマを放り込んでざっと水をかぶって適当に拭いて適当にその辺の服を着る。隠れたらなんでもいい。
薄い水色をした綿のTシャツに適当にワシワシと水滴を拭き取っただけの髪の毛からポタポタと水がしたたって、群青のシミを作るが、そんなことは構いやしない。
洗面台で歯を磨いていると、鏡の中にぬっと兄が現れた。
そうして深い溜め息を一つ吐き出したかと思うと、狭い脱衣所の中で背後から腕を伸ばし乾いたタオルを取ると乱暴に髪の水分を拭ってくれる。
あんまり乱暴なので、歯ブラシが喉の奥を付いてオェッっとなった。涙目だ。
やさしいやら何やらだが、兄はこういうもんなので気にしない。
そこまで短くもないけれど、肩につくほど長くもない髪はあっという間にほんのりと湿気った程度になっていて兄はそれを確認すると何も云わずに行ってしまった。
いつでも有無など言えません。
仕方がないのでじっとしていたが、やっと口からべっと泡立ちきった歯磨き粉を吐き出した。
この家には、男が三人暮らしている。
「にいちゃん」
純和風の朝食を取りながらモソモソと兄に話しかけると、朝のニュース番組のワンコーナー占いに釘付けになっていた視線をこちらに向けた。
「おれ、たまごもう一個多くてもいいよ」
口に出そうとした言葉が、ふとどこかへ行ってくだらないことを言ってしまった。いや、卵はもっと食べたいんだけど…。
兄はそれを聞くと、顔の中心にぐっと力を入れて不思議そうな顔をしたあと、何も云わずに自分の目玉焼きを器用に移し替えてくれた。
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