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第64話 デキアイ 1-3

 こちらを窺うように小さく首を傾げた峰岸さんに、俺は挙動不審なくらいアタフタしてしまった。店のオープンまでもう間もない。彼の言う駅までは電車で片道三十分だ。目的の店が駅からどのくらいかはわからないが、大急ぎで行って帰ってきても到底時間には間に合わない。なんで俺なんかを指名してきたのだろう。 「お前、定期だから交通費かかんないだろ」 「え! そんな理由!」 「うそうそ、これ交通費。まあ使わないだろうから、これで飯でも食ってから帰って来い」  ゆっくりと目の前まで近づいてくると、スーツの内ポケットから茶色い封筒を取り出して、峰岸さんはひらひらと俺の目先でそれを振ってみせる。その仕草に今度は訝しみながら彼の顔をまじまじと見つめてしまった。お使いと言うだけでもちょっと意味がわからないのに、飯まで食ってこいとはどういうことなんだ。状況を飲み込めないでいる俺に、目の前の人は片頬を上げてにやりと笑った。 「ちょっと外に行って息抜いてこい。久我さんから許可はもらってある」 「え?」 「最近、久我さんに付き合って遅くまで残ってるだろ。あの人はこれが生きがいだからいいんだよ。でもお前はちょっと煮詰まり過ぎ。着替えたら声かけろ。書類渡すから」  驚きに目を見開く俺の額を薄っぺらい封筒でぺちぺちと叩くと、それを俺の胸に押しつけて峰岸さんはさっさとホールに戻っていってしまった。残された俺はいまだ呆然とその後ろ姿を見つめてしまう。 「なんだ、瑛治。まだいたのか。準備終わってんだろう。早く行ってこい」  しばらく立ち尽くしていたら、ふいに後ろから声が聞こえてきた。

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