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第80話 デキアイ 3-5
仕事をし始めた頃にようやく広海先輩の家に押しかけるようになったのだ。
「ふはは、なんかさ。俺ずっとミキちゃんに牽制されてるよな」
「は?」
「え?」
「そんなにずっと見られたら、穴あきそう」
ふいに視線を持ち上げた九条さんとまっすぐに目が合う。その瞬間ふっと目を細められて、からかわれているのがすぐにわかった。こちらを見る目に愉悦の色が浮かんでいる。
いつもだったらそこまで気にしたりしないのに、なぜだかいま無性にその目に腹が立ってきた。でも年上相手に文句を言うわけにはいかず、俺は黙って口を引き結んだ。するとそんな俺の反応に九条さんはますます楽しげな表情を浮かべる。
「ミキちゃんは感情が素直だな」
胸の中がくすぶる感じ、多分これは子供みたいな嫉妬なんだと思う。俺よりも広海先輩を知っているかもしれない人。なぜそんな感情が湧いてくるのかわからないけど、この人の軽口に流されてはいけないと自分の勘が囁きかける。
「瑛冶?」
急に押し黙った俺を訝しく思ったのか、先輩が少し心配げな顔をしてこちらをのぞき込んできた。余計な心配をかけたくはないが、無駄に力んで眉間にしわが寄る。それでも黙っていたら、先輩は不思議そうに首を傾げた。
「広海先輩、職場でお世話になってる人だから、こんなこと言いたくないんですけど」
「なんだ?」
「この人、絶対うさんくさいです。俺の直感がこの人に気を許しちゃ駄目だって言ってます」
じとりと九条さんに視線を向ける俺に広海先輩は目を丸くした。そして俺たちを見比べて、深いため息をつく。
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