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第125話 レンアイモヨウ 2-2
「それと、それと、それ、寄こせ」
「え、え?」
確かに仕事は丁寧で速いけれど数が違いすぎるだろう。机のみならず足元の棚までびっしりだ。舌打ちして数冊見繕って抜くと、それを暢気にお喋りしながら仕事をしているやつらのデスクに割り振った。
「えー、春日野さん!」
「なにがえーだ。穂村の机が山になってんのにお前らのデスクは綺麗だな」
「……あー、穂村くんに任せたほうが早いし」
「職務怠慢だ」
「す、すみません」
ついでに仕事をさらに上乗せしてやれば、悲鳴を上げながら彼女たちはパソコンに向かい始める。その様子を見ていた穂村は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「溜めてしまってすみません」
「あんたが悪いんじゃない。伝票あったか?」
「はい、これですよね」
「そう」
「今日の分とまとめておきますね」
「ああ、頼む。……ん、なんか落ちたぞ。なんだこれ、ゴミか?」
少しばかり片付いた机の上でファイルを広げた彼の手元を覗くと、それとともに隙間からひらりと糸くずのようなものが滑り落ちた。より糸を輪っかにして結んであるそれを拾い上げれば、穂村は珍しく大きな声を上げる。
「ゴミじゃないです!」
ぱっと指先から奪い取るようにそれをさらっていった本人は、なぜか顔を先ほどより真っ赤に染めていた。その反応にどう対応するべきかわからず、こちらはまじまじと見つめ返してしまう。
けれど糸の輪っかをきゅっと大事そうに握る姿を見ると、揶揄するような場面はないのはわかる。しかしその意味がわからないこちらは首を傾げるしかできなかった。
「なに二人で見つめ合ってんだよ」
しばらく言葉が見つからないまま顔を見合わせていたら、様子を窺いに来たのか九条が後ろから顔を出した。もたれかかるように背中にくっつかれて邪魔くさい。身をよじって肩に置かれた手をどけるとニヤニヤとからかうような笑みを浮かべられた。
「あ、えっと、なんでも、ないです」
「んー、なんでもない雰囲気じゃねぇけど。って、それ指輪? 恋人にプレゼントでもすんの?」
「指輪? これが?」
「広海やったことねぇの? 寝ているあいだにこっそり恋人のサイズ測ったり」
「ない」
「お、それ、ぴったりじゃねぇか?」
指輪なんぞ買ってやった覚えもないのだからあるわけがない。そう思って目を細めたらふいに九条は楽しげな声を上げて穂村の手にある輪っかを摘まむ。そしてなにを考えているのか人の手を取った。
「13号ってところだな」
より糸の輪っかがするりと左手の薬指に収まる。それを見て満足げに笑う九条と目を瞬かせて驚く穂村。しかしこちらは若干ドン引きだ。その輪っかが指輪だというのはよくわかったが、見ただけでサイズを当てる男なんてろくでもない。
「穂村、こういう大人にだけはなるなよ」
「え?」
「なに言ってんだ。大人の男のたしなみだろ」
「あんたはどう見ても胡散臭い」
黙っていれば精悍な男らしい顔立ちなので周りの受けはいいが、いつもなにかを企むような雰囲気や態度があってあまり信用ならない。俺に対してどうやってからかってやろうか、という考えをあからさまに感じる。
けれどまあ、面倒見は悪くはないんだよな。
「誕生日かなにかか?」
「いえ、その、記念日が近いので、色々と考えていて、……すみません、仕事中に!」
「まあ、いいんじゃねぇの。そわそわしちゃうよな、そういうの」
「……でも、正直言うと贈るかどうかも悩んでいて」
「記念日なんだろ?」
「そうなんですけど、ちょっと最近あまりにもあの人を優先しすぎて、もっと自分の時間を大切にしなさいって怒られたばかりで。そんなことしたらますます機嫌を損ねてしまいそうな気もして、どうしたらいいか」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐたびに穂村の口からはため息がこぼれて、こんな調子じゃ朝は遅刻しそうになるし仕事に身も入らないわけだ。いまはまだ二十歳だし、まだまだ恋愛ごとに振り回される時期だな。
俺はそれが面倒になって片っ端から縁を切ったタイプだが、どう見たって穂村は実直だからそれはおろそかにはできないだろう。そういう青さは少しだけあいつと似ているような気がした。
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