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★我が王の帰還★

暗く500年もの間入り口は閉ざされ、静まりかえっていた空間、物音ひとつ立たず、埃も、劣化も、変化も起こらない。 突如、その場全体が揺れ閉ざされていた入り口が開き、止まっていた迷宮の時が動き始めた。 これほどの喜びを感じたのはいつ以来だろうか。 嬉しい、喜ばしい、誇らしい……安堵。 あの方が、我らが主が眠りから覚めたのだ。 この胸が震え、体の底から泡立つような、そう、喜び! これは紛れもないこれは喜びである!! 主であり、我が体の親である我らがマスターが今、お目覚めになられている………!そしてこの国に滞在しておられる…!! 主が長い眠りにつかれ早500年。 迷宮へと続く階段は閉ざされ、地上と断絶された広大な地下。 その点に関してはもんだいさない、私たちが地上に出ることなどほとんど無い、さして問題はないのだが、ダンジョンが閉ざされということはマスターラグーン様の意識が無くなったということ。 一日二日ならば仕方が無い、マスターは常日頃から長時間眠りにつかれる事が多いのは我らダンジョンの者達の周知の事。 だがそれが1年、2年、果ては100年以上も経てばマスターの身に何かあったのは疑問に思うまでも無く明らか。 ダンジョンの重要な位を任せられている私ともう一人、クロユリはマスターと思念を利用した連絡を取れる筈だが繋がることもなければマスターからの連絡もない。 そのような絶望にも似た状況でも、ダンジョンが消滅しないと言う一筋の希望だけは残っていた。 迷宮とマスターは一心同体、マスターがこの世からいなくなればそれと同時にダンジョン、ひいては我らも跡形もなく消えて無くなる。 それがないと言う事は今も何処かで眠りにつかれている。 ならば簡単な話だ、マスターが何時如何なる時も来られても大丈夫なように整えておけば良い。 大掛かりな事は主であるマスターのお力がなければできないがマスターの産物である美しい王座は勿論廊下の掃除や部下である機械兵達の指導、整備は決して怠らない。 それと同時にマスターのご要望にお答えできるように鍛練をすることも忘れない。 物言わぬ金属の塊であった私が、冥界でただ死者達を眺めその結末を見てきたこの私が、こうして自由に考え活動できるのは、全て見つけ拾ってくれたマスターのお陰。 故に、マスターのためならどんなことでもして見せよう。 嗚呼、嗚呼、我が敬愛する主、全能なる魔王、マスター。 最上の勝利をあの方へ。 極上の素材をあの方へ。 あの方の前に立ちふさがる者は誰であろうと我が剣の錆びにしよう。 あの方の幸せこそ我が至福、あの方の笑顔こそ我が褒美。 あの方が目を覚まされ活動をされているのなら、あの方が歩く道、入る視界に不純な物など不要。 そのためまずは……手始めに。 神聖なるマスターの神殿で這いずりまわっている害虫を駆除しなくては……。 全く、暫く見ぬ間にここまでダンジョンが汚されていたとは………。 「く、くる、くるんじゃない!! 私が誰であるかわかっているのか!!」 目の前でのたうつ虫、綺麗好きな豚よりもふとましく、生きるために肥溜めに集まるウジよりも無益な虫。 「そのような事この私が知るわけがないでしょうさぁ、今は時間が惜しい……ただ貴方はそのあるかないかの首を差し出すだけでいいのです」 鞘から剣をゆっくり抜き、切っ先を腰を抜かす豚の眼前に突きつける。 地上の神殿に人々が集まっているのは認知していた。 それを甘んじて許容していたのはマスターの御友人の殆どは人族や獣人等と種族問わず交流を持たれていたためだ、。 神殿の祭壇にマスターが作り上げたクリスタルの神木を崇め称えるのも許容できる範囲内だ、マスターは至高の存在だからな、良い。 だが……だが久方ぶりに地上に出て見てみればなんだこの有り様は。 この神殿に住み着いている者の中で宝石や貴金属をつけた一番無駄に豪華な装飾を施しているこの害虫。 低俗な人族というのを抜いてもあり得ない見た目だろう、仮にも聖職者だぞ? 開いたばかりのダンジョンに部下をけしかけて来たかと思えば劣勢と見て部下を盾に逃げ始める。 先程もまだ新米だろう青年神官を生け贄と称して私の前に押し出してきた、人間の魂などいらん。 くだらないと言うよりは……結束力の高いと言われる人族だとは思えない所業に呆れる、。 「糞っ! 糞!! 何故通用しない!」 先程から小さな玉を打ってきてるようだがそんな子供だましですらないもの私には効かん。 この分だと部下の方がまだマシだったぞ。 「何故聖魔法が効かないのだ!! この外道!!」 血相を変えて喚いているところ悪いが外道? 部下を犠牲にして神官を贄として自分だけ助かろうとしていた奴には言われたくはない。 付け足すと部下や神官は殺してはいない、精々骨を折って気絶させた程度、あいつらはそれなりに使えそうだからな。 「こんなものが? ……ふざけるのも大概にして欲しい」 こんな灯りにしかならないものが?聖魔法? 少し明るい光の間違いではないのか。 ……無駄だな。 あいつの方も、もうじき方が付く頃だろう。 「時間だ」 最早会話をすることも鬱陶しくなり、私は流れるような動作で剣を斜めに振り上げた。 「ま……!」 そしてその場には重い音を立てて倒れた身体から噴き出す血しぶきが空中を舞う。 「早くマスターの元へ行かねば、お一人で過ごされさぞ困られている筈」 剣の血を払い鞘に納め、転がる肉塊をそのままに踵を返した。 あの方は今、この城にいる。

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