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ゲームの時間

いつも通りの彼の部屋。 いつも通り二人でゲームをしている。 ふたりして大きいソファーの端と端とに座りお互いも見ずにガンガンと敵を倒していた。こうして会ってゲームするのは結構久しぶりだった。オンライン上では毎日のように会っているので「久しぶり」という感覚は全く湧いてこない。 彼は芸能人のいう仕事柄かなり忙しいはずだが、それでも普通の会社員のこちらが息をまくほどの時間ゲームに費やしている。 ゲームが好きという芸能人は山ほどいるが、彼に適う人はなかなかいないのではないか。 お互いそんなに話さないのだからわざわざ会ってゲームしなくてもと思うかもしれないが、会って一緒にゲームしている時間が一番好きなのだ。 なぜ?と問われてもなんとなくとしか答えようもない感覚。具体的な理由は考えればいくつか浮かぶけれど「なんとなく一番好きな時間」というのが一番しっくりくる表現。 今日はこのモンスターを倒して貴重なアイテムを獲得しようと話していた。彼もかなりの手練だが、自分もそんなに弱い方ではない。自慢にならないが自分だってかなりの時間ゲームに費やしてきたのだ。 二人で協力すれば大概の敵は倒せる。今回の敵ももちろん手強いが、彼とならば倒せると確証のない自信がある。 「そういえば、打ち上げってそんな早く終わったの」 今日は「打ち上げ終わったら帰る」と言っていたので深夜近くになるのを覚悟していたのだ。しかし彼は21時過ぎには帰って来て「さぁ!ゲームやろ」と嬉嬉としていた。 「顔だしたからいいの」 たしか特別ドラマの打ち上げと言っていた。今をときめく国民的アイドル。彼が主役をするだけで視聴率が上がるほど人気の彼が隣でゲームをしているという奇妙な感覚。こうしているとただの男性だ。しかしドラマやバラエティーになるとぱっと華やかに見えるのだから本当に同一人物か?と疑いたくなるほど。 「主役なのにいいの?」 「んー?ゲームしてる方が楽しいからいいの」 それはゲームをしている行為がということ? それとも俺とゲームしているということ? なんて下らない事を考えてるとゲーム内のキャラクターが攻撃を受けた。 「あ」 いつもなら食らわないような単純な攻撃。 「ほらーしょうもない事話してるからだよ。集中!!」 と足で蹴られてしまった。 「はいすみません」 また黙々とゲームに集中する。多少攻撃を食らったものの今回も無事に倒せそうだ。 「新澤 さきとご飯食べてる方が楽しそうだけどな」 とぼそっと呟いた。新澤 さきというのは彼がしていたドラマの恋人役。男女ともに人気で今一番ドラマに出ている女優ではないだろうか。 一時期、彼とも付き合っているという噂が出てツーショット写真が出回っていた。それはスタッフもいた飲み会でうまく2人だけを撮った写真で噂は根も葉もないものだったが、その写真を週刊誌で見た時は正直お似合いだなと思った。 こんな所で冴えないおじさんとゲームに勤しんでいるより綺麗な女優さんとご飯を食べている方が、彼には似合っている気がする。 そんなつもりで何気なく出た言葉。 後少しで倒せると思ったら彼のキャラクターが動くのをやめてしまった。「え?故障?」と思って慌てて彼を見ると彼の顔は目の前にあった。 「え!?なに!?」 あまりの近さに思わず後ずさるがソファーの肘置きが邪魔をしてこれ以上は下がれない。 「新澤 さきとご飯行ってる方が楽しいの?」 「え!?」 「俺とゲームしてるより新澤 さきとご飯に行きたいの?」 彼は問い詰めるように近づいてくるのを辞めない。顔が近づいて、思わずキスをしてしまいそうな位置。 「死んじゃうってゲームゲーム!」 「そんなのどうでもいい」 彼は俺のゲーム画面を手で塞ぎ見えなくなってしまった。派手な音が聞こえる。 俺にはしょうもない事言ってないで集中と言っていたくせに。 そんなことを気に留めないように彼は真っ直ぐな目でこちらを見ていた。 「俺じゃなくて!一般的の男子だったらってこと!一般論!!」 何も言わずに睨んでくる。本当に唇がくっついてしまいそうな位置。ドキドキが伝わってしまわないか心配になるほどの距離。 「俺はゲームいてる方が楽しい!」 と言うと彼はしばらくじーっと俺の目を見て 「そういうことにしておきましょ」 と言ってふいっと離れた。 ドキドキが止まらない。まるでドラマのヒロインになったような気分だった。壁ドンってこういう気持ちなのかな。主人公に恋するヒロイン。 ん?主人公に恋するヒロイン?俺が? いやいやと首を振った。 ゲーム画面を見たが、自分達のキャラクターはもちろんお亡くなりになっていた。途中で放棄してしまったのだから当たり前だ。 ゲームハードを置いて、彼を見ると飄々とした顔で「何か飲もうか」と冷蔵庫を覗いていた。 「ビール飲む?」 「貰う」 「はい」 と渡されたのは彼がCMをしているビールだった。 「本当に飲むんだこういうの」 「ん?あぁタダでくれるから」 あまり銘柄にこだわりなく飲むのだろう。本当にゲーム以外興味を持たない人だ。 ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲む姿はCMのようだ。 こう見るとあぁ芸能人なんだなと改めて思う。ゲームしている時はそんなこと一切感じないが。 「会いたいの?新澤 さき」 先ほどの話の続きだろう。こちらを見ずに彼は言った。 「え?」 ゲームばかりでほぼテレビを見ない自分。芸能人をあまりしらない。会えるなら会ってみたいとは思うが、積極的に会いたいというほどでもなかった。 会いたいとまで思う芸能人って誰だろう。 芸能人で誰が好き?と問われれば間違いなく彼の名前をあげるだろう。 彼に言えば大概の芸能人に会うことは夢物語で無くなるくらいの交友関係はあるのだろうなとは思う。 うーんと悩んで… 「一番好きな芸能人に会えてるからいいや」 彼は一瞬分からないようなきょとんとした顔でこちらを見て、意味が分かったようでニコっといつもの人懐っこい笑顔になった。 「そうでしょう。そうでしょう」 と満足そうに頷いている。 先ほどのソファーに座り、ゲームハードを持ち上げて自分たちのキャラクターが死んでいるのを見た。 「あーぁ。しょうもない事言うからだよ」 え?俺のせいなの?まぁ…いいけど こうして今夜も一番好きな人とゲームに勤しむ。

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