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「私はメーカー勤務の逸也とここで生活したくて結婚したの。そうじゃない逸也とは暮らせない」
妻のその言葉は逸也の胸に突き刺さり、この町へ帰るスイッチを押した。辞表を出し離婚の手続きをし、まだ動けた父親から調理を教わり、そして見送り……。三年間はあっという間に過ぎていった。
「まぁ、こんな日もあるやな」
九時の閉店時間には少し早いが店じまいを決めた逸也は、おでんの火を止めて立ち上がった。
小柄な両親から生まれたとは思えない百八十センチを超す長身や男っぽく整った顔立ちを、近所の人たちは「トキタの惣菜効果」だと言う。「ないない」と逸也は笑って返すが、そんなたわいもない噂が集客に繋がるなら、目立ちすぎてうっとおしく感じるこの容姿も悪くないと思える。
シャッターを下ろすため、小さくあくびをしながらフック棒を手にした瞬間だった。ゴトンという鈍い音のあとにガシャンとガラスの割れる音。逸也は「新手の強盗かっ?」と棒を片手に店先へ飛び出した。
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