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拝啓、すとーかー様

「つーくん」 明るい声に呼ばれ、鼓は振り返った。 「せんぱいだぁー」 にこにこと笑うつーくんこと鼓に、先輩と呼ばれた遼介も笑い返す。4時間目が終わり、各自が疎ら(まばら)に食事を始める頃。遼介は毎日の鼓を迎えに来る。 「小テスト、お疲れ様」 「わ、知っててくれたんですか。うれしー」 「2時間目の岩田先生だよね?知ってて当たり前、だっておれつーくんのこと大好きだもん」 「ふふ、俺も...」 ふたりの会話になんら特徴はない。―そう、ふたりには。 周りはその光景を異様なものとして見ていた。それもそのはず、小テストが何時間目、担当の教師が誰かなど、鼓は一言も口に出していないからだ。 「先輩お昼どこで食べますか?実は...俺..今日お金持ってきてなくって、売店でなにか買わなきゃいけないんです」 「そっか、持ってきてないんだ?盗られたんじゃ、ないんだね?」 「............ふはっ。先輩、ダメだよそんなこと言っちゃ。俺は大丈夫だよ?」 盗られた、その言葉を遼介が発した途端教室内の空気が重々しくなった。実際、鼓は今日はちゃんとお金を持ってきていた。そして、昼前には無くなっていた。 探す気もない鼓は、特に愛着もない財布を捨てることを決意している。 「先輩...無くなったら新しいの買ってくれるんだよね?」 「よく、覚えてるね。さすが俺の愛しのつーくん。覚えが良くて助かるよ」 「やった!俺ね、長財布欲しいんだ!色はね、えっとー、先輩と同じ色!」 「分かったよ、じゃあ今日買いに行こう」 「ほんと?!やったぁ!」 無邪気に笑う鼓に、和む遼介。ふたりの周りはまさにピンク色だが教室は冷たく凍りついていた。 ふたりがいなくなった教室は、再び喧騒を取り戻す。会話の内容は、大抵が鼓と遼介の事だ。 『やべえよなぁ、涼川。氷川先輩と一緒に飯食えるなんてそうそうないぞ?』 涼川は鼓の苗字、氷川は遼介の苗字である。 『だよな。俺だったら縮こまる』 『ってか、財布ってさ...』 『このままじゃ確実に誰か...殺られる』 『...あいつの財布って、いまどこなんだ?』 『た、しか...中庭の池の中』 全員がため息をついた。 「じゃあカードとかお札系は使えないね」 ぐるんと勢いよく何人かが振り返る。そこにいたのは遼介だ。 「つーくん可哀想だね...まだクラス内にこんな屑共がいて...」 「せ、んぱい!これはその!」 言い訳なんか聞きたくない、と遼介は男子生徒の会話をバッサリ切り捨てた。教室内がまたもや静かになる中、遼介の後から鼓がひょっこりと顔を出した。 「先輩、行きましょうよー...お腹すいたー」 「あ、ごめんねつーくん」 「俺、財布はもう諦めてるからー...」 余程お腹が空いているのか、鼓はぷーと頬を膨らませ怒っている。 「......そっかそっか。ほんとに、財布はもういいの?」 「そう言いましたー!早く早く!」 遼介の背中を押す鼓。 そして、少し教室を振り返って 「命拾い...したね」 と冷笑を浮かべた。

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